晩秋の風が冷たい九州北部の歓楽街に、ネオンがともり始める午後5時すぎ、母子3人の一日が始まる。「おはようございまーす」。街の外れにある認可外保育所のドアを開けたのは、長女(3)と手をつなぎ、胸に生後8カ月の長男を抱いた若い女性だった。ネイルアートの長い爪、赤い唇、リボンで飾ったハイヒール-。
午前7時から翌朝5時まで営業するこの保育所の夜間利用者は約20人。ほとんどが歓楽街で働くシングルマザーだ。出勤前の夕方に預け、仕事を終えた未明に眠ったままの子どもを抱えて帰る。
彼女もその一人。肩に掛けた高級ブランドのバッグから、小さな弁当箱を取り出した。「これ、息子の分です。給食の時にみんなと一緒に食べさせてください」
その場でハイヒールから、かかとの低い靴に履き替えた。「待ち合わせ場所まで走らなきゃいけないから」。ホステスとして働く彼女には、客と一緒に出勤すれば店から1回千円の手当が付く。その同伴の日は時間に余裕がなく、忙しい。
じっと見上げる長女の、きれいに編み込まれた髪を「じゃあママ行くね」となでた。寂しいのか、返事をしない。「行ってきます」と笑顔で手を振って駆けだす母の後ろ姿が見えなくなるまで、窓から長女は黙って見送っていた。
園長が先ほどの弁当箱のふたを開く。中身はニンジンやワカメ、タマネギを細かく刻み、米と一緒に軟らかくなるまで煮込んだ離乳食だった。
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固定観念 親であり、女…葛藤 「母性愛神話」はやめて
乳児から小学生まで約20人が夜を過ごす、九州北部の歓楽街の外れにある認可外保育所。開園から9年。男性園長(36)は何人ものシングルマザーが孤軍奮闘する姿を、間近で見てきた。
忘れられない母子がいる。30代のマリコさん(仮名)は九州南部出身で、おっとりとした話し方の女性だった。出会ったのは数年前。最初の夫と離婚したばかりで、風俗店で働き一人娘を育てていた。
娘のミホちゃん(同)が小学校に入ったころ、マリコさんに異変が起きた。娘を「あいつ」と呼び始め、目つきも悪くなった。ミホちゃんのおびえたような表情も気になった。「新しいおうちは、どう」。さりげなく聞いてみた。園長に懐いていたミホちゃんは、こう打ち明けた。「いっつも、怒られるんだ」
新しい父から、掃除が下手だとつねられたり、暗い部屋に閉じ込められたりしていた。母親も守ってくれず、ささいなことで怒った。はだしで家を追い出され、警察に保護された夜には、鼻血が出るまでたたかれたと知った。
マリコさんに話を聞こうとすると怒りだす。ミホちゃんの危険を感じた園長は、マリコさんの親戚に保護を頼んだ。
同居の男や再婚相手が女性の連れ子を虐待したり、女性も一緒になって虐待したりするニュースは珍しくない。「わが子より、男を選ぶのか」「育てられないなら産むな」。世間は母親に非難の矛先を向ける。
だが、園長は母親の側の事情も考えてしまう。似た境遇のシングルマザーの頑張りを見てきたからだ。「最初に会った頃のマリコさんも、娘のために懸命に働いていた」と園長は振り返る。
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母親の自分と女である自分-。園児の一人タクヤ君(5)の母ユカさん(25)=いずれも仮名=にも葛藤がある。
3年半前、夫の暴力が原因で離婚した。最終学歴は中学卒業。1人で子育てするのに十分な収入の仕事は見つからず、「短時間、高収入」の風俗店で働いている。
休日はタクヤ君と過ごす。マンガやゲームが好きな2人は、友達のような親子。一方で、自分のために時間や金を使い、自由な恋愛を楽しむ同年代の女性たちが気になる。「私も遊びたい、女でいたい」。仕事帰りにホストクラブで恋の駆け引きを楽しむと、若い女性としての自尊心が満たされるという。
その間も、保育所に預けたままのタクヤ君の顔が浮かぶ。「迎えに行かなきゃ、行かなきゃ」
園長は、子どもを迎えに来る時間を守らなかった時にはユカさんを叱った。だが自分のために時間を使った後の彼女は、活力を取り戻したように見える。ユカさんも、夜の街で肩肘を張って生きる彼女たちの数少ない理解者である園長の言葉には耳を傾ける。
「24時間、365日、良き母であることを強いることが、本当に親子のためになるのか」。母親たちが栄養バランスを考えて作った弁当を眺めながら、園長にはそんな思いがよぎる。
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母親が子どもをほったらかして自分のことを優先するなんて。虐待は、母性喪失が原因だ-。
児童虐待や子育ての講演会によく招かれる大日向(おおひなた)雅美・恵泉女学園大教授(61)は、自らが「母性愛神話」と名付けたそんな世間の固定観念と、長年闘ってきた。「シングルマザーに限らず、その幻想がいかに世の母親たちを追い詰めてきたことか」と大日向さん。
その思いを育児サポートの現場に広めようと、8年前に立ち上げた子育て支援施設「あい・ぽーと」(東京都港区)は連日、笑顔の親子でにぎわう。
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全国の児童相談所が対応した虐待件数は、2010年度に初めて年間5万件を超えた。被害児を増やさないために、私たちに何ができるのだろうか。試行錯誤する人や地域を訪ねた。
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シングルマザーの現状 国勢調査によると、2005年現在の母子世帯数は74万9048世帯。離婚の増加などにより00年より19・7%増えた。年間の平均収入は、211万9千円(06年国民生活基礎調査)で、全世帯平均563万8千円を大きく下回る。厚生労働省が06年に実施した全国母子世帯等調査では、1517の母子世帯中、貯蓄額を「50万円未満」と答えた人が48%と約半数を占め、生計の苦しさを裏付けた。
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=2011/11/25付 西日本新聞朝刊=
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