益城町のボランティア活動情報(熊本地震)

益城町でのボランティア活動について、西日本新聞が取材した情報は下記のとおり。

■災害ボランティアセンター

【まだまだボランティアは必要】(5月7日)

 事務局によると、状況は以下の通り。

 ・現在の作業は、倒壊した家屋やブロック塀のがれき撤去や部屋の掃除が中心。ニーズは増えており、それだけボランティアへの期待が大きいと思っている。県内外から多くの方に来ていただいており、はじめの受け入れを断ることもあったが、断腸の思いだったことを理解してもらいたい。ボランティアはまだまだ必要だ。現在は毎日500人前後の方に来ていただいているが、何人来てもらえるかは当日の朝にならないと分からないので、週明けどれくらい来てもらえるかという不安はある。

 ・GW中に受け入れを県内のみとしたのは、復旧状況や交通アクセスの問題であって、決して選り好みをしているわけではないと分かってもらいたい。現在、センターで受け入れ可能なボランティアは500人程度。まだボランティアが必要なことを広く伝えて欲しい。

 ・ボランティアに訪れた神戸市の女性(19)は「今はがれきの撤去などが力仕事が多いので、若い男性の手が必要なのではないかと思う。朝、受け付けを済ませた後にマッチングというのをする。職員さんがどこそこでの、この作業に何人、と言って、その作業を希望するボランティアが手を挙げる。男女の指定はないが、できれば男性がいいというのが多くて、気がつくと女性ばかりが残っていた。あと、がれきなどを運ぶのに必要な軽トラを運転できる人、という条件があったが、軽トラはミッションなので意外と運転できる人がいないようだった。週明けからはボランティアは減ると思う。自分は自営業で時間の調整がきくのでまた来たい」と話した。

 

【いても立ってもいられない】(4月22日)

 広島市佐伯区から訪れた自営業男性(67)は「4月18日からテレビのニュースでみて、いても立ってもいられなくなり、熊本にきた」と言う。21日までは、益城町立広安小で炊き出しの手伝いをしていたが、「肉体労働の方が性にあう」ので、ボランティアセンターにきた。初めて災害ボランティアに行ったのは、2011年の東日本大震災。それから2014年の広島土砂災害。広島では約1か月現地に入り、土のうを正確に積み上げる作業をしていた。

 東日本大震災などと比べると、熊本はまだ家が残っている。けれど、家の中に入れないなど危険度が高いと感じている。町の古い民家は、変な角度で傾いている。そんな家が多い。ボランティアの力がもっと必要なのに、危険で手が出せずにもどかしい。

 ブロックが倒れて、いまだに歩道をつぶしたりしている。「建物の倒壊の危険性が高いので、ボランティアには土木建築の技術がある人が必要だと思う。復旧復興には時間がかかるだろう。今回の地震で当時自分が経験した災害を思い出した」と話した。

 約50年前、小学3年生のときに広島県大竹市の実家が大雨で40㍍流された。家はばらばらで、屋根だけ残っている状態だった。実家には、当時小5だった兄が風邪をひいて学校を休んで寝ていた。その兄が土砂で生き埋めになり、死亡した。男性は学校に行っていて、校長から「すぐに帰れ」と言われ、なんのことかわからないまま帰った。すると家の100㍍ほど手前で、消防団の人に「子どもは入るな」と止められた。当時の町の人口は700人だった。全員が総出で、兄を救出しようとしたがだめだった。兄の顔は覚えていない。おとなしくて無口で、魚釣りのうまい兄だった。このときの大人たちの背中を見て、「いつかは自分も人を助けたい」と思うようになっていた。

 

【続々と集まり、班分けされて作業場所へ】(4月22日)

 午前8時すぎ、益城町の高台にある企業グラウンドに車が続々と集まってきた。150台を超える。他県ナンバーでは福岡、鹿児島が目立つ。山梨や横浜など関東のナンバーの車の姿も。

 ボランティア参加者は受け付けで名前を書くと、左腕に水色の粘着テープを張る。被災者や一般人と区別するためだ。「水分補給に気をつけてください」「写真は撮らないで」「活動をSNSに発信しないで」。運営スタッフの注意事項を聞いて5~15人に班分けされ、車で作業場所へ向かう。主な作業は、がれきの撤去、避難場所の清掃、支援物資の仕分けだ。

 前日の雨の影響で湿度が高く、強い日差しが差し込む。次々に派遣先が決まったが、需要を満たしたため、午前10時すぎ、100人以上が待機している。

 

【善意がもったいない】(4月21日)

 初日から参加している甲佐町の男性(64)から現場の様子を聞いた。内容は以下の通り。

 がれき撤去作業は私を含めて男性6人。作業は午前10時半から1時間半程度。およそ30袋分の瓦や割れた窓ガラス、壊れた家電などを集めた。センターに戻ったのは午後0時半ごろ。何かすることがないかと本部に聞いたが、「ない」と言われた。昼食を食べた後にもう一度訪ねたら、依頼が入ってきたというので行ってきた。町営住宅4階から、壊れた家具を運び出す作業。これも午後1時から1時間程度で終わり、本部に戻った。本部は「仕事はもうないので帰ってください」と言っていた。

 まだボランティアセンターが設置されたばかり。町民に知れ渡っていないから依頼が少ないのかも。今回の地震は余震が多いから、高齢者が怖くて自宅の様子をなかなか見に帰っていなくて、家の片付けをしようにも何をどうすべきか状況が分からないから依頼もしないのかも。どちらにせよ、町内外から集まった人の力が生かされていない。

 他の自治体もボラセンを設置すれば、連携ができるのかもね。あと、被災者の人たちに「何かしてほしいことないですか」と言っても、してほしいことを思いつかないってこともあるのでは。ボランティアができることを具体的に提示した上で依頼を募集したほうが、双方のために効率的じゃないかなあ。

 今日佐賀から来たボランティアの人に会った。車で来て、もう数日、益城でボランティアを頑張りたいらしい。作業を全て終えた後もグラウンドに車をとめてそこで車中泊しようと思っていたらしいけど、事務局に「車をここに止められたら困る」と言われたとのこと。事務局が大変なのはわかるけど、もうちょっと言い方があるんじゃないかな。「ここには止められませんが、○○なら車中泊できますよ」とか対案を出そうよ。繰り返しになるけど、ボランティアの人たちの善意がもったいないよ。

 

【開設前に長い列、150人が訪れる】(4月21日)

 ボランティアを受け入れる「災害ボランティアセンター」が開設された。受け付けは午前9時から始まり、10時半までに150人が訪れた。井関熊本製造所のグラウンドには、雨にもかかわらず受け付け開始前から多くの人が集まり列をつくった。

 県内外から集まったボランティアは、設置されたテントの中で、益城町社会福祉協議会の担当者から、活動の流れと「被災された人に寄り添う気持ちで活動してほしい」と被災者への心配りなどの注意点の説明を受け、数人のグループを作り、車で支援場所へ向かった。

 福岡県八女市から来た大学4年の女子学生(21)は「熊本市内の大学に通っており、友達も被災している。なるべく早く手助けできればと思ってきた。九州北部豪雨の時に助けてもらった恩返しがしたい」と話した。

 北九州市から来た林業の男性(31)は、友人と2人で参加。「重機も扱えるので、現地の役に立ちたい」と話していた。ただ、雨の影響で予定していたボランティア作業にキャンセルが出て、紹介できる案件がないため11時に受付を終了。作業を中止して戻ってくるグループもいるという。

 

■益城町災害対策本部

【ボランティアは物資搬送やごみ分別を】(4月21日)

 午後の会見内容は次の通り。土砂災害の危険があり、赤井五楽地区の約30世帯、赤井木崎地区の約70世帯の計約100世帯に避難指示。避難勧告は町内で約1万2千世帯、約3万4千人。現在は被害の情報はなし。支援物資を集めている集積場はすでに満杯になっており、近くのテントなどに入れている状態。近隣のスーパーやドラッグストア、コンビニでもすでに販売が始まっている。

 ボランティアで必要なのは物資搬送や施設の管理、ごみ分別など。学校の休校は30日まで。小学校5校、中学校2校。再開は今後検討する。現在、校舎などを避難所として使っているため、移動してもらわないと使えない。現在動いている課は住民生活課の届け出関係と、ゴミ収集。ボランティアが避難所管理を手伝ってくれれば職員が区役所業務に戻れる。仮設住宅に関しては、候補地を絞っているところ。

=西日本新聞=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]