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女性の視点で滔天再発見 孫文と出会い120年 生誕地荒尾にファン倶楽部 [熊本県]

宮崎滔天の生家でイベントの打ち合わせをする勉強会メンバーら
宮崎滔天の生家でイベントの打ち合わせをする勉強会メンバーら
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 辛亥革命を主導した孫文の支援者として知られる荒尾市出身の自由民権運動家、宮崎滔天(とうてん)とその兄弟について学ぶ女性中心の勉強会「宮崎兄弟ファン倶楽部(くらぶ)」が同市で始動した。今年は孫文と滔天が出会って120年。活動では、滔天らを支えた女性たちにも光を当てる。孫文を「国父」と仰ぐ台湾や中国からの観光客誘致にもつなげたい考え。文化人らによるイベントも企画されている。

 孫文と滔天の出会いは1897年。清朝打倒を目指す最初の武装蜂起に失敗し、日本に亡命してきた孫文を滔天は生家にかくまい、日本の有力者に紹介するなどして支援した。滔天の妻・ツチは、地元の大地主前田案山子(かがし)の三女だったが、滔天と結婚後は裕福な生活から一変。着物を質入れするなどしながら、私財の大部分を革命資金になげうつ夫を支え続けた。

 滔天は中国革命の功労者でありながら、地元での知名度はそれほど高くない。活動拠点の生家は、多額の借金もあって1930年に人手に渡り、91年に市が買い上げるまで一般の住宅として使われ続けた。現在は資料館を併設した「宮崎兄弟の生家施設」となり、孫文と滔天の筆談の場面をろう人形で再現した展示などがあるが、来館者は年4千人前後と伸び悩む。

 勉強会は「滔天生誕の地」としての市の知名度アップを目指す。月2回の集まりでは、滔天や兄弟、ツチらの人間味あるエピソードの発掘に主眼を置く。中心メンバーは市内の主婦ら約10人だが、性別や居住地を問わず参加者を募集中。生家施設所長の松永豊美さん(70)が講師を務める。

 女性の視点も絡めて歴史をひもとく会の趣旨に、九州出身のフォークデュオ「OTOGI」が賛同。筑豊の炭鉱王伊藤伝右衛門の下を出奔して、滔天の長男・龍介と駆け落ちした歌人の柳原白蓮をテーマにした曲を21日に市内で初披露する。OTOGIの河村泉兵衛さん(57)は「当時の時代背景に思いをはせながら聴いてほしい」と話す。

 25日には滔天に詳しいノンフィクション作家加藤直樹さんの講演会を生家で開催。同日夜には懇談会もあり、宮崎家に仕えた人の子孫、滔天が通った小学校の関係者らの参加も見込む。

 野田ゆみ会長(53)は「世の中を良くするために国境を越えて活躍した宮崎兄弟の生きざまからは学べることが多い。勉強会の間口を広げ、より多くの人と一緒に荒尾市を盛り上げていきたい」と意気込む。

【ワードBOX】宮崎四兄弟

 宮崎滔天(1871~1922)は、荒尾の有力地主だった父・長蔵と母・サキの八男として生まれた。本名は寅蔵。徳富蘇峰の私塾大江義塾や東京専門学校(現早大)で学び、「列強の植民地主義からアジアを解放する」との理想の下、兄の七男・彌蔵とともに孫文の革命支援に生涯をささげた。兄弟には西南戦争で「熊本協同隊」を組織して政府軍と戦った次男・八郎、土地の平等分配を目指す土地復権運動を提唱した六男・民蔵もおり、「宮崎四兄弟」として知られる。

=2017/11/08付 西日本新聞朝刊=

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