熊本激震…最前線ドキュメント(4) 自信喪失 今後の地震「予測できぬ」

 前震から一夜明けた昨年4月15日。テレビはどのチャンネルに合わせても、気象庁の情報を繰り返し流していた。「震度6弱程度の余震に、1週間程度の警戒が必要です」-。

 益城町の村田千鶴子(83)も自宅で地震情報に耳を澄ませていた一人。夫の恵祐=当時(84)=ともども「予報」を疑わなかった。「あれ以上の大きな揺れはなかろう」と2人で自宅にとどまった。

 16日、再び震度7の激震が襲った。自宅は倒壊、恵祐は下敷きになって死亡した。14日のマグニチュード(M)6・5を上回るM7・3。エネルギーにして実に約16倍だった。気象庁はこれが「本震」だったと発表した。

 気象庁解析官の鎌谷紀子(50)は「全く予想していなかった」と明かす。前震後、「震度6弱程度」への警戒を呼び掛けた気象庁は結果的に住民をミスリードし、恵祐のような犠牲を生む遠因になった。

 自信喪失か、負い目を感じたのか。本震直後から、気象庁の口は急に重くなった。

 「今後の地震活動を見通すのは難しい」と余震発生確率の公表を取りやめた。余震の震源域が大分県や熊本県南西部に広がる中、記者会見で見通しを問われても、地震津波監視課長の青木元(52)は「予測できない。強い揺れに注意してもらいたい」と繰り返した。

 あの日から間もなく1年。「自分たちの意思で自宅に戻ったのだから、誰のせいでもない」。夫を亡くした村田は何度も自分自身に言い聞かせてきた。一方、気象庁幹部の脳裏には、前例の通用しなかった痛恨の記憶がよみがえる。「情報の出し手としては、怖さもある」

 余震確率見直し 熊本地震から4カ月後の昨年8月、気象庁は地震活動の見通しを公表する際、地震発生後1週間程度の状況を見極め「平常時の約50倍」などと可能性の高さを示す内容に改めると発表した。「震度6弱以上の余震が発生する可能性は3日間で20%」などとしていた従来の余震確率が、熊本地震で「さらに大きな地震はない」という誤解を与えたとの指摘に対応したもので、18年ぶりに変更した。

 ※敬称略、肩書は当時、年齢は現在

=2017/04/15付 西日本新聞朝刊=

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