熊本激震…最前線ドキュメント(3) 政争の町 「行政機能 崩壊してるぞ」

多くの避難者が廊下まであふれかえった益城町総合体育館。町職員たちは避難所対応に忙殺された=昨年4月16日
多くの避難者が廊下まであふれかえった益城町総合体育館。町職員たちは避難所対応に忙殺された=昨年4月16日
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 「避難所対応に必死で考えが及ばなかった」。昨年4月18日夜、地震後初の記者会見に臨んだ益城町長の西村博則(60)は言葉を詰まらせた。疲れた表情だった。

 大雨の予報だったのに、避難勧告を出さなかった理由を記者に問われた。担当職員が助け舟を出した。「町長はあまり寝ておらず、記憶があいまいになっている。勧告は検討したが、該当住民は全員避難していたので見送った」

 町のほぼ全世帯が被災し住民3万4千人の半数が体育館などに身を寄せていた。役場は震度7に2度襲われ使用不能に。福岡県から町に送り込まれた中央省庁出身の同県幹部は、旧知の熊本県幹部に電話で告げた。「町の行政機能が崩壊してるぞ。何とかしてくれ」。県庁から町役場に、電話さえまともに通じない状況だった。

 地震以前からの県と益城町の希薄な関係も、初動に微妙な影を落とした。元町幹部は「数十年来、町を二分している政争が背景にある」と解説する。「県も下手に職員を出向させると、議会と町長の板挟みになって、キャリアに傷を付けかねないから」。ほとんど人事交流もなかった。

 当時、町は副町長不在だった。2014年初当選した西村は、反町長派の反発を懸念し、人事案さえ出せていなかった。地震後、あらゆる判断が町長に集中し、対応の遅れや混乱を招いた。

 県は4月25日になって部課長級を送り込んだ。避難所に張り付いていた町幹部を役場に戻すなどしたが、被害の甚大さもあり、罹災(りさい)証明の発行開始が5月20日にずれ込むなど出遅れは響いた。

 今年2月の定例町議会。県OBを副町長とする人事案の同意を得た。「全員一致でぜひ、同意していただきたい」。採決前、副知事となった田嶋はひそかに町へ足を運び、全町議に頭を下げたとされる。

 市町村支援 熊本地震では、熊本県から県内38市町村に延べ1万8600人の職員を派遣。九州地方知事会の各県から延べ約4万4千人、国から延べ8400人の応援職員が派遣された。中央防災会議のワーキンググループ報告書は「支援要請を行うことも困難なほど、行政機能が極度に低下していると判断された市町村には、要請を待たずに人的プッシュ型支援を行う必要がある」と提言した。被災市町村には長期的支援が必要で、県によると、益城町や南阿蘇村など13市町村では2017年度に必要な応援職員の6割弱しか確保できていない。

 ※敬称略、肩書は当時、年齢は現在

=2017/04/15付 西日本新聞朝刊=

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