[an error occurred while processing this directive] 食卓の向こう側 / 西日本新聞: ★11月24日(土)「農と自然の研究所・田んぼの学校~田づくりの精神性/」(福岡市中央区天神・西日本新聞会館)
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カテゴリー [ 「食卓」関連イベント ]

2007年11月24日

★11月24日(土)「農と自然の研究所・田んぼの学校~田づくりの精神性/」(福岡市中央区天神・西日本新聞会館)

★11月24日(土)「農と自然の研究所・田んぼの学校~田づくりの精神性」(福岡市中央区天神・西日本新聞会館)

第19回福岡分校 11月24日(土) 午後1時30分~17時

 会場:西日本新聞社14階3号AB会議室 福岡市中央区天神1-4-1
    TEL:092(711)5555
    大丸デパート上。西日本新聞の正面玄関からはいってください    


テーマ『 稲 作 の 精 神 性 』
・・・・民俗学のみのりを貯蔵するだけでなく、未来に活かす道すじをさぐる・・・・


記念講演:「田づくりの精神性」野本寛一さん(現代日本を代表する民俗学者)


 野本さんに「田植え歌は、ほんとうに百姓が田植えするときに歌っていたのですか」と質問して、怒られた。私は「田植えの真っ最中は、歌など歌っている場合ではなかろう」と思っていたのだ。いわゆる近代的な労働観にどっぷり染まっていたから、たかだか60、70年前の百姓仕事の精神性を学ぼうという気持ちがなかったのである。深く反省した。そもそもなぜ田植えの時には、なぜ早乙女が、つまり女が田植えをするのだろうか、なぜ男は歌を歌ったのだろうか。(女性が差別されていたからだ、重労働のつらさを少しでも紛らわせるために歌ったのだ、というのが従前の史観の主流だったのだから、先祖に対して情けなかった。)
 ついでに「田植えの時の腰巻きはなぜ赤が多かったのか」その理由も知っておかねばならない。なぜなら、宇根の第7テーゼ「稲は稲だけでは育たない」を百姓の情愛まで広げないといけないからだ。「稲のことは稲に聞け」と学者が言うときと、百姓が言うときでは、まったく様相が異なってしまうのではないだろうか。つまり稲を科学的に分析して、稲のことがわかるのと、稲から立ちこめてくる情感に情愛で応えてしまう百姓の「稲の声が聞こえる」姿勢でつかんだ稲とでは、大きく異なるだろう。しかし、どう異なるのかが表現できていない。
 かつて民俗学と農学は蜜月期間もあったのではないか。それが疎遠になってしまったのはどうしてだろうか。農学は稲作の精神性には見向きもしなくなったし、民俗学はこうした精神性を再生させようとする気概を失ってしまったように見える。こうしたときに、野本寛一さんに出会って、民俗を保存するものとして扱うのではなく、現代に活かそうとする気骨を感じたのだ。
 なぜ日本人は桜の木の下で「花見」をするのか。サクラのサと、サナブリのサはなぜ同じなのか。なぜ正月にはしめ縄を張るのか、鏡餅を飾るのか。私たちは何も知らないから、こうした行事が滅んでいくことに、危機感を持たない。だから、稲作のもっとも大事な精神まで衰えていく。
 当日は、野本さんにお願いして、「田植え歌」を歌っていただく予定である。ぜひ、民俗学は滅びていくものに涙するだけの学ではないことを、学んでほしい。


1時30分 開会
1時40分~3時 「田づくりの精神性」講師:野本寛一さん
3時~3時15分 質疑応答
 休憩
3時30分~4時 「福岡県糸島地方の田んぼの儀礼」報告:藤瀬新策さん(予定)
4時~5時    意見交換「稲作の精神性」


問い合わせは
農と自然の研究所:092(326)5595

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