講師紹介

【福岡・福岡市】
稲益 義宏(いなます・よしひろ)
小学校教諭

得意分野:

■プロフィル
1966年生まれ。熊本県荒尾市出身。東京学芸大学卒。現在、福岡市立愛宕小学校教諭。「食卓の向こう側第1部第1話」を読んだことが、積極的に食育に取り組み始めたきっかけ。福岡市立下山門小学校において小学3年生で取り組んだ総合学習「生活発見プロジェクト 食べものを選んで作れる自分になろう」の実践が、2007年度地域に根ざした食育コンクールで入賞。生ゴミリサイクルで土作りを行い、野菜を育て、「完食おかわり券」で給食の残食を減らす取り組みを実施。弁当の日は、担任1人でも始められるコース別弁当の日「イナマス方式」を実践。愛宕小学校では、2008年度農林水産省「教育ファーム推進事業」で、校区に田んぼがない子どもたちに、校区外に田んぼを借り稲作体験を実施。食育を行う基本姿勢は、「自分ができることしか、子どもたちには伝えない」。子どもたちが自分でできる食の実践力を高める学習を展開。

■ホームページ
地球にかける虹:http://members2.jcom.home.ne.jp/sora-riku-umi/

親と子の楽しく食べる10年計画 お弁当の日の実践から考える「食育」

「5年生になっても、自分でお弁当作るよ!」

 この3月まで4年生を担任。2年間一緒に生活をした子どもたちと、「食」の学習を行った。

 「食」の学習に力を入れるきっかけになったのは、西日本新聞の連載「食卓の向こう側」。そこで出会ったのが、「お弁当の日」の実践。しかし、実施へ向けてのハードルは高く、特に給食を止めることは難しいと思った。いろいろと出来ない理由を言う私に西日本新聞の佐藤弘さんは、「出来ない理由を考えるのではなく、出来るための方法を考えることが必要じゃないか」と指摘。確かにその通り。出来る方法を考えてみると、遠足や社会科見学の日には給食がなく、その日なら出来ると考えた。

 最初の取り組みは、3年生の2月下旬、社会科見学の日。「おうちの人が作ってくれたおかずを、お弁当に詰めてきてごらん」ということから始めた。これなら、家庭のお手伝いと変わらない。初めての「お弁当の日」は、クラスの3分の2の子どもがおかずを詰めてきた。その中の一人は、自分でお弁当を作ってきた。それを見た子どもたちは、「作ってきていいと!」「次は自分も作ろう」と意欲を見せた。

 4年生に進級し、学年全体でお弁当づくりに取り組んだ。最初は、4月の歓迎遠足。提案したコースは、次の4つ。
○完璧コース 子どもの力だけで作る。買い物とご飯は、家族の協力を得てもOK。
○おすすめコース 親と子どもが一緒に台所に立ってお弁当を作る。
○ベーシックコース おにぎりをむすんで、お弁当におかずを詰める。
○エンタコース 作った人に感謝の言葉を表現豊かに伝える。

 お弁当の作り方どころか、包丁の握り方さえも学校で教えていない。保護者の中には、「そこまでしなくても…」「子どもがお弁当なんて作れない」と思われた方もいた。

 遠足の日。95%の子どもたちが完璧コースもしくはおすすめコースでお弁当を作ってきた。

 その中のひとつの弁当。コロッケとミートボールとウインナーを、卵を入れた焼きめしの上にのりを置いてその上に並べていた。見た目は「茶色い弁当」。自分が好きなおかずを、自分の考えで、親の手を借りずに作った様子が伝わってきた。

 一生懸命に作ったとしても、子どもたちのお弁当には課題が残った。肉類が多い。できるだけ野菜を増やしたい。そこで2学期には、おかずの半分は野菜にしようという提案をした。すると、メニューに野菜料理が増えた。「茶色の弁当」も見事に変身。彩りも鮮やかに、野菜も多く入ったお弁当を作ってきた。
 お弁当づくりで料理に興味を持ったこの男の子は、3学期にクラスで実施した「卵焼き大会」や「自分たちで仕込んだみそを使って作るみそ汁大会」でも、見事に料理を作っていた。保護者の話によると「卵焼きを作るけん、卵買ってきてね」と言って、家でも練習をしていたとのこと。子どもの成長は、料理だけではなかった。片付けの時、シンクの水滴を最後までていねいに拭き取る姿があった。

 お弁当作りを通して、「『食べる』の学習をしてから、お弁当をお母さんと一緒に作り始めました。最初は、難しかったけど、慣れてくるとそんなに難しくなかったです。お弁当をお母さんと一緒に作ると、お料理のこつが少しつかめた気がします」(女児)

 お弁当づくりでは、学習の成績は何ら関係がない。教室には、勉強が得意な子どももいれば、苦手な子どももいる。関係していたことは、家庭でのお手伝い、親の支え、何より、お弁当を作ろうという子どもの意志。

 クラスで共に生活をするダウン症の子どもも、お弁当作りに取り組んだ。
「12月、見学の朝。いつもより1時間の早起き…。どうするかなと思いつつ『お弁当作るっちゃろ。どうする』と声をかけると、すくっと起きて台所に直行し、真剣に作っていました。お弁当を作る機会がなければ、出来る事の発見はずっと遅れていたかもしれません。」(女児 母親)
どの子どもにも伸びる力がある。成長とは、他人と比べることではなく、昨日と違う新しい自分の発見。「お弁当の日」に、保護者の協力は不可欠だ。いくら子どもがやる気でも、親がその価値を感じることができなかったら、子どもが作る「お弁当の日」は続かない。背中を押し、伝え、見守る大人の役目の大切さ。取り組んでみて気付くことは、親の協力は親の忙しさに比例していないということ。母親がフルタイムで働いている家庭では、子どもが家事の一部を担っていた。その経験がお弁当づくりにつながった。日頃の何気ない生活の一部が学校の学習と結びついたことに、子どもたちはとても喜んでいた。普段の生活では感じることが出来なかった友達の姿に触れ、自分の生活を振り返る子ども。お弁当づくりは、子どもたちの生活を交流する場にもなった。

 ただ、親にも願いがあった。「小学校の遠足には、親が作った弁当を持たせてあげたい」(複数の母親)当然の思い。だからといって「お弁当の日」を引き下がりたくはない。そこで考えたのが、「親の愛情一品」。お弁当の中に、親が作ったおかずを一品入れても、完璧コースとして認めた。これには、多くの子どもたちが反応し、多くの弁当に、親が作った一品が入った。
「お母さんが気合いを入れて作りよった」(男児)
「きんぴらゴボウを作ってくれました」(女児)

 そこで生まれたのは「親子の会話」。朝からもしくは前日の準備から、親と子はお弁当についての会話をし、一緒に台所に立った。

 4年生では、年間5回の「お弁当の日」を実施した。子どもたちはごく普通にお弁当を作るようになった。そして、時には親の代わりに夕飯の準備をする子どもも出てきた。「食事作りも家の手伝いさえもしない日々が続いていたのですが、その後たびたび夕食の手伝いをするようになりました。そして、この土曜日には朝食作りを手伝いました。そんな兄を見て、弟も妹も食事の準備に自然と手を出し、とてもいい感じの週末の朝でした。私自身心に余裕がないと、子どもに手伝わせることができません。忙しいとは心を亡くすと書く。まさにその通りですよね。忘れずにすごせるように変わりたいです。そして、それが家庭円満につながっていくのかも・・・」(男児 母親)

 子どもたちが食の関心を強めたきっかけは、ゲストティーチャーから聞いたコンビニ弁当やお菓子を食事代わりにしている大学生の実態だった。「こんな食事はしたくない」という願いを元に、今からどうしたらいいのかを考える学習を展開した。

 3年生の1学期から、給食の生ゴミを畑に返して堆肥にする「生ゴミリサイクル」を始めた。その畑で収穫した大根やじんじん、トマトやキュウリを家庭に持ち帰った。野菜のおいしさに驚いたという声が多く聞かれた。

 3年生の2学期からは総合的な学習の時間で「食べる」を題材とし「生活発見プロジェクト 楽しく食べる10年計画 食べ物を選んで作れる自分になろう」に取り組んだ。子どもたちは18歳くらいから自分で食べるものを選んだり作ったりすることが多くなる。小学3年生から見ると10年後。それまでにどのような力を付けていけばいいのかを考える学習。
「1人前でも買った野菜を残さず食べきれる方法を提案します」
「昔の日本の食事を調べ、いいところを今の食事に生かす方法を提案します」
「勉強に集中できる力を持った食べ物とその食べ方を提案します」

「えっ、これを3年生が考えたの」と思いたくなるようなテーマが24個そろった。この学習の成果は、報告集にまとめて冊子にして配布した。「プロジェクト学習を機に、子どもが料理をする機会がとても増えました。私が子どもに卵焼きを教えてからは、朝ご飯のおかずを作るようになりました。今では、家族みんなで料理をして、会話が弾んでいます。みそ汁も、だしから取って作っていました。おいしかったですよ」(男児 父親)
「確かに子どもたちが家庭で食べる食事は、あと十数年です。でも、子ども時代の食生活はいかに大切なものであり、やがて自分で家庭を持ったときに重要なものか、私自身身にしみて感じています。先生がおっしゃったように、これでゴールではなく、ここからがスタートだと思って、親子共々“食べる”というテーマにそって、いろいろと学んでいき、楽しく食べるように心がけたいと思います。」(女児 母親)

 4年生の2学期から「健康」を題材にとし「生活発見プロジェクト 自分の体は自分でつくる」に取り組んだ。これから成長期を迎える子どもたちが、どのようにしたら健康な体を作れるかを考える学習。この中で、玄米やご飯に雑穀を混ぜて食べることを保護者と子どもたちに提案した。その後の子どもたちの調査によると、4年生の4分の3の家庭で玄米や雑穀を食べていることが分かった。
「朝6時30分に自分で起きられるようになりました。朝食は、パンからご飯とみそ汁に変わりました。ごはんには、玄米や雑穀を混ぜて食べるようになりました。すると、朝からすっきりうんちがでるようになりました。すっきりした体で学校に行ったら、前よりも勉強に集中できるようになりました」(女児)
「玄米食で便秘が解消しすっきりとした気持ちで学習に集中できるようになりました。ニキビがいつの間にか治っていました」(男児)
など、体の変化を多くの子どもたちが感じていた。

 保護者に「食育」の感想を聞いた。すると、「子どもたちが成長した」とうれしそうに、そして頼もしく話をしていただいた。「子どもが『食』に関して学んだことを積極的に実践していました。子どもが将来の自分を想像して、今から身につけていきたいという思いを感じました。お弁当作りのおかげで自信もついたのでしょう。『もし、母親の私が倒れたら、自分が料理をやる!』と言ってくれました。親から子へ伝えたい生活の中で大切なことも、素直に聞くようになりました」(男児 母親)

 子どもの生活力が向上していく姿、成長していく姿は美しい。それを間近に見ることができる幸せ。「食」は人をつなぎ、未来を創る。次はどんなことを子どもたちと取り組んでみようか。

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