【宮崎・宮崎市】
船ケ山 清史(ふなやま・きよふみ)
釜あげうどん「ふなや」店主
■プロフィル
1975年生まれ。宮崎市清武町在住。妻と小学校の娘二人。仕事よりも家庭に重心を置き、現在、共働きをしながら家事を分担。家族へ愛情たっぷりの食事を作るのが仕事。
「釜あげうどん ふなや」を経営。数年前「口から入れる食べ物」で商売している事に気付き、お店で「食」で伝える事を始める。その頃、「食卓の向こう側」に出会い、「食・農」の考えが深まる。家族で、「生ごみリサイクル」「弁当の日」を実践。家族が変わったという感動を人へ伝えたく活動をしている。現在、NPO大地といのちの会の活動を宮崎でも
広げる為に「みやざき大地といのちの会」として普及活動をしている。
また、九州弁当の日応援団としても、「弁当の日」の魅力、感動を伝える講演活動をしている。
■連絡先
釜あげうどん ふなや
〒889-1605 宮崎県宮崎市清武町加納乙454-1
℡0985-85-3159
自宅 ky_noemei@(あっと)rik.bbiq.jp
ブログ http://funaya.miyachan.cc
~弁当の日が、おしえてくれた事~
みやざき大地といのちの会 船ヶ山 清史
○「食卓の向こう側」との出会い
私は、どこにでもいる一般に子煩悩と呼ばれるだろう父親です。職業は、飲食店(うどん屋)を経営。サラリーマンの妻と共働きで、毎日をバタバタと過ごしております。子供は、小学校五年生、二年生の娘二人。長女が小学校へ入学を機に、営業時間を昼のみに縮小。金銭的には、裕福ではなくても、家族との時間を大事にしたい。人生の中で、子供と過ごす「限りある今」を大事にしたい。そんな思いで、我が家の家事分担スタイルは生まれました。
かれこれ6年近く私は、家族の食事を作っております。一応ながら、家族の健康に気を付け、楽しい食卓を作ってきておりました。しかし、ある一冊の本との出会いから、私の主夫人生。否、人生そのものが変わって行きました。
2007年12月。偶然、西日本新聞社の「食卓の向こう側」に出会ったのでした。今、自分達が抱えている食の問題、間違った認識に驚愕し、また、それに対し色んな方々が活動をされているのに感動しました。それは、「食べ物」で商売をしている身として、そして、何より食事を作る親として反省させられる事ばかりでした。
○弁当の日との出会い
それまでは、食事も手作りとは言っても、加工食品を上手に調理しなおしたり、忙しいからと言っては 手抜き料理のオンパレードでした。当然ながら、家族皆、体調が悪く病院によく行ってました。本を読んでからは、なるべく加工食品を使わない手作りをしたり、調味料を変えたり、そして和食中心の献立に変えて・・いつの間にか家族が芯から元気になっていく様子を見て、「食べる=生きる」そんな実感を持ち始めたのでした。
そんな中、さらに「食」の認識を変えてくれた取り組みが、吉田俊道さん「大地といのちの会」の生ごみリサイクル元気野菜作りでした。感動し、これならすぐに出来る!と、すぐに自宅とお店の生ごみを家族と共に畑に持って行き土作りを始めたのでした。その出来上がったフカフカの土から、数ヶ月後、虫も来ない元気な野菜が育って行くのを見て、命の循環、仕組みに感動。体験の中から娘二人とも、心から「いただきます」を言い、そして、食べ残しもなくなりました。その中で学んだ食改善17項目で、さらに家族は元気になり、この土から学び土と生きる素晴らしい食育を地元でも広めたいと現在も活動中であります。
しかしながら、我が娘二人。相変わらず夕飯の支度中には、知らぬ顔でテレビを見たり、本を読んだり・・。手伝ってと頼んでも、面倒くさそうに・・。そんな悩みを抱えている中、「食卓の向こう側」の中で紹介された、竹下和男先生の「弁当の日に出会ったのでした。
○夏休み自由研究
弁当の日の持つ、魅力は考えただけでもワクワクするものでした。そして、竹下先生の卒業生に贈った言葉を読み涙が出たのを覚えております。
これは、もしかしたら、娘を変える事ができるかもしれないと思い、2008年7月、夏休みを前にしたある日、長女(当時小学3年)に聞いてみました。
「自分で弁当を作ってみらんね?夏休み中、挑戦して、最後に、ママとばあちゃんにプレゼントするってのはどう?」
長女は即答!「やだ!面倒くさい!!」
だけど、翌日から、半強制的に、特訓を始めました。その一部始終を写真に収め、日記のようにノートにまとめさせるようにしました。夏休みの自由研究に決まりです。
夏休みに入り、一番最初に、子供のテンションを上げるべく、自分の作ってみたい弁当のイメージ図をノートの冒頭に書かせました。
楽しそうに、好きなおかずを書き込みました。次に、そのおかずを作るには、どんな調理方法なのか、どんな道具がいるのか、どんな調味料がいるのか、どんな材料を使うのか、一つ一つ問いかけてノートにまとめさせました。朝食後の片付けをしている時間に、そんな知識を少しずつ与え、夕飯の準備の時に台所へ立たせ、具体的に道具の使い方や、材料の切り方など実技を教えていきました。最初の内は、面倒臭そうにやっていた娘ですが、包丁が使えだすと次第に、進んで台所へ入ってくるようになりました。
しかしながら、包丁を持たせる事自体、私自身、最初は怖くて見てられませんでした。もし指を切ったら・・包丁を落として、足に刺さったら・・そんな不安をよそに少しずつ上達する娘。ハラハラドキドキの毎日が続きました。この親が手出しをせずに見守るという作業。実に、キツイ。しかし、失敗や怪我の中からしか学べない事は沢山あると気付きました。回を重ねるうちに目の前で成長していく娘は、実に頼もしかったです。
1品ずつの練習の日が続き、その度に家族が味見をし、「美味しいね」と言われる度に、彼女は変わっていった様に思えます。特に、次女が言った「のえ(長女)ちゃんの作ったポテトサラダって、今までで一番美味しい」という言葉。今でも、得意料理は?と聞かれたら、ポテトサラダ!と即答の彼女です。
夏休みも終盤、弁当の日、本番の日がやってきました。
前日に買い物へ行き、寝る前にから揚げの下ごしらえ、ポテトサラダは作っておき、お米をセットして、当日を迎えました。早起きをし寝ぼけ眼で、台所へ立ち、黙々と弁当を作っていきます。最初に比べ、見ている方も随分と安心して見られます。初の弁当の日は、見事の一言。1時間半後、何とか、ママの出勤時間に間に合い、弁当を手渡しました。手渡すちょっぴり自信に満ちて、ちょっぴり恥ずかしそうな顔。良い顔でした。そして、ばあちゃんと曾ばあちゃんの分も作りました。その夜、弁当空には、それぞれの手紙が入っていました。「美味しかったよ」「元気がでました」そんな感謝の言葉の溢れる手紙を受け取り、すごく嬉しそうでした。
ノートの最後には「料理をするのが好きになりました。またお弁当を作りたいです」と書かれていました。
○弁当の日がおしえてくれた事
弁当の日を終え、長女は驚くほど変わりました。キッチンに自ら入ってきて手伝ってくれる様になりました。そして、何より食事中にテレビを消す様になりました。家族と向き合い食事と向き合い、家族との会話を楽しめる様になりました。「この野菜の名前は?」「どうやって味付けしたの?」そんな会話が普通になりました。おのずと、学校であった出来事なども、楽しそうに話してくれるようになりました。食卓を囲む時間が、こんなにも充実し幸福感を得られるものかと、私自身が感動し驚いていました。
2009年夏には、当時小学校1年の次女に、「やってみる?」と訪ねると「やるやる!!」との返事。待ってましたとばかりに。きっと竹下先生の講演中に出てくるあの低学年の子のあの目線だったのでしょう。
1年生だから無理かなと思いながら、ちょっとだけやらせてみると、何と包丁もすぐに持てるようになる上、何となく調理法が分かってます。あらゆる方向から、お姉ちゃんの動きを凝視し観察していたのでしょう。驚くほど短期間で、次女は一人で弁当を作り上げるようになりました。休み中、学童保育へ持って行く弁当を数回作りました。
最初の弁当の日チャレンジから、かれこれ2年。2人とも、遠足など弁当持参の日があると、朝早く台所へ立ち、弁当を作って持って行きます。それだけではなく、娘2人に台所を占領されることがしばしば。こんな日が来るとは考えもしませんでした。
2009年11月、インフルエンザで学級閉鎖になったある日、長女は1日中1人で留守番をする事になりました。出勤前に軽い気持ちで「晩御飯作って~」と言ってみたら、「いいよ、やってみる」との返事。娘の力を信じて、任せてみる事にしました。材料代を渡し、料理法などをアドバイスして出勤しました。お昼過ぎに、質問の電話が2回鳴りました。
電話の向こうの娘の声から、ワクワクが伝わってきました。
楽しみにして夕方6時、帰宅しました。玄関を開けると良い匂い。しかし、娘の姿がありません。見渡すとリビングの床で疲れ果て寝ておりました。起こすなり飛び起きて途中までのサラダの盛り付けを仕上げます。ほどなくして、妻も帰宅。
娘の作り上げた食卓を家族で囲みました。クリームシチューとサラダです。ただのシチューですが、この世で一番贅沢なシチューです。娘の1日が詰まった、沢山の気持ちが詰まったシチューです。何を思いながら作ったのでしょうか、そう考えると胸が一杯になりました。一人ぼっちで格闘した一日、その武勇伝を楽しそうに話してくれました。
食卓がこんなにも微笑ましく、癒され、心も満たされている。心から幸せを噛み締めました。
話は変わりますが、2010春休み、長女が思春期に入る前に親子の絆を強めようと、宮崎市から鹿児島枕崎までの自転車旅行をしてきました。全走行距離290km。4泊5日野宿自炊での旅でした。道中何度もキツイ上り坂、危険な道がありました。どちらが先頭を走るかは娘に任せました。旅の後半はいつの間にか娘が先頭を走る様になり、苦難にチャレンジし、それを後ろから励まし応援するという形になりました。娘の背中を見ていて思いました。弁当の日にチャレンジしたあの夏の気持ちと同じだ・・。心身共に成長する娘が嬉しく眩しく感動に溢れていました。旅のゴールも感動でしたが、弁当を日々作る娘たちは今でも感動を与えてくれます。
そして気付きました。弁当の日は、チャレンジする親子の「絆」作りそのものなんだと。子供の無限の可能性を感じ、成長を喜び、親の喜ぶ姿が子供を成長させ、子育てが楽しくてたまらなくなる。そんな幸せのスパイラルが「弁当の日」にはあるって事を・・。
今、家族4人で食卓を囲む毎日がとてもとても幸せです。
この食卓の大切さを気付かせてくれた弁当の日。
生きる楽しさを教えてくれた弁当の日。
もっともっと日本中に広がっていくこと願ってやみません。そして、地元宮崎でも・・・ひろがれ・・ひろがれ弁当の日!

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