2010年6月15日

絵本「いのちをいただく」から 「食」と「生」見つめ直して 内田美智子さん/坂本義喜さん

 飽食の時代と呼ばれて久しく、豊かなはずの食事が逆に心身の健康をむしばんでしまうこともある現代。目を移せば、年間3万人を超す自殺者は低年齢化も進み、動機の理解に苦しむ殺人事件も後を絶たない。そうした中、生きることと食べること、その連環を原点に立ち返って見つめ直そうと語りかける絵本「いのちをいただく」(文・内田美智子、絵・諸江和美)が、昨年5月の出版以来、静かに波紋を広げている。年の初めに当たり、食、生、命について集中的に考えてみたい。 (座親伸吾、長谷川彰)

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「命の重み」伝えたい
絵本の作者、助産師・内田美智子さん

 「出産・育児も食育も、根底にあるのは『命』への感謝。今は覚悟もないまま親になり、食べ物を単にモノとしか見ていない人があまりに多い」  福岡県行橋市の「内田産婦人科医院」で働く助産師、内田美智子さん(52)は危機感を込めてそう語る。  22歳で初めてお産に携わり、2500人以上の赤ちゃんを取り上げてきた。誕生の瞬間、すべてがキラキラと輝いて見えた。  出産後も子育てを支援するため幼児クラブを主催するなど、「親の自覚」を促す取り組みに力を入れてきた。若くても母乳育児を続け、離乳食を自分で作って食べさせ、夜泣きなどストレスも多い育児を楽しく実践するママがいる一方、身勝手な母親や性のトラブルを抱えた少女がいた。  「たばこ止めきらんけ、母乳やめる」「24時間べったりは嫌です」  家事もできない子がそのまま親になる。聞けば、彼女らもちゃんとした食事をさせてもらっていない。  「食や命に対する感謝の気持ちがないのは、そう育てられていないから」。負の連鎖。「食べることは生きることそのもの。最も手を抜いてはいけない事柄なのに、最も手を抜いてしまっている」と指摘する。

 20年近く前、産前教育の一貫で講演活動を始め、家庭環境と食のつながりの重要性を痛切に感じていた。
 2007年秋、講演に出向いた熊本県の小学校で偶然の出会いがあった。
 1、2年生に向き合い、毎日食べている肉には本来、命があって、それを奪って自分たちが生かされていると語る、もう一人の講演者。熊本市食肉センターで働く坂本義喜さんだった。
 「動物にも、お父さん、お母さん、兄弟がいて、家族と一緒に遊びたいと思っていたけど、人間のために肉になった。その肉をちゃんと食べてあげて」。そんな言葉が琴線に触れた。
 人が生きるために犠牲になる動物や植物。幼子のため、自らの時間を犠牲にする親。お産と食肉解体は正反対な仕事に見えるが、通底する「命の重み」を感じた。坂本さんの話をまとめ、絵本「いのちをいただく」として出版した。
 「以前は、日々の生活の中に動物の生や死があって、わざわざ教えられる必要もなかった」と振り返る。幼少のころ、家でヤギやヒツジを飼い、その毛でセーターを編み、乳を搾って飲んだ。近所では、飼っているニワトリを自ら絞めて食べる家も珍しくなかった。
 ただ、そうした体験がすべてではない。「食の大切さを教えてくれる親や家族と過ごす時間が大切。食材を一緒に買いに行ったり、食卓を囲んで会話したり。その中で学ぶことは多い」
 食への関心の先には、農業や畜産業、漁業の問題も横たわる。「子どもたちに何を伝えるか。それは私たち親、大人に問われている課題でもあるのです」

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熊本市食肉センターで牛の解体作業を進める坂本さん(撮影・伊藤昌一郎)

動物への感謝大切に
食肉センター勤務 坂本 義喜さん

 トラックから降ろされた黒毛の雌牛が、必死に後ずさりする。熊本市街地の一角にある同市食肉センター、解体処理室。殺菌のために床を流れる熱湯で、湯気が室内に立ち込める。獣の血のにおいが漂う。  1日に40頭の牛、15頭の馬、200匹の豚が運び込まれ、家庭に届けられる「食肉」へ姿を変えていく。解体作業員、獣医師、事務職員ら約100人が働く。  作業員の坂本義喜さん(52)が、なだめるように牛を落ち着かせた。やおら、衝撃で失神させる特殊な銃を額に当て引き金を引く。  「ガンッ!」  フライパンで殴ったような鈍い音が響き、牛は足元から崩れ落ちた。首筋の動脈を切る。血がバシャバシャと流れ出た。鮮度を保つために必要な作業だという。頭を切り落とし、小刀で皮をはぎ、内臓を取り出すと電動のこぎりで背中から真っ二つにした。ここまでわずか30分。  冷蔵庫に枝肉を送ると、次の牛が運び込まれてきた。「繁忙期はぶっ続けで処理しないと、追いつかない。重い皮を引っ張ったり、重労働なんですよ」

 両親も食肉解体に携わっていた。「危ないし、汚い」。幼心に家業が嫌いだった。中学を卒業後、大阪へ出て板前の修業を積み、地元に戻って肉屋の販売員になった。「解体の仕方も覚えていて損はないか」。26歳の時、軽い気持ちで親の仕事を手伝った。以来、この道一筋で働いている。
 最初は仕事と割り切り、かわいそうという感情もなかった。「動物を一つの命ととらえていたら、身が持たない」。そんな自分に疑問を抱いたのは、20年ほど前、ある少女との出会いがきっかけだった。
 その少女は家族と一緒に、1頭の牛を運んできた。「みいちゃん」と牛の名を呼び、引き渡して帰る間際まで、体をなで続けていた。家族の一員のように。
 坂本さんが近づくと、牛は身構えて威嚇してきた。それでも、体をなでてあげるうち、舌を出しペロリと手をなめ、甘えてきた。
 「こげなことでいいのか…」。ふいに、当たり前にこなしてきた仕事に嫌気が差した。もちろん、その牛はきちんと処理した。
 ただ、胸中に巣くったわだかまりは、なかなか消えない。仕事を辞めようかとも考えた。でも、ほかで食べていく自信はない。
 いつしか、あの少女のように動物の頭や体をなでている自分がいた。「恐怖心をできる限り取ってあげたい。一瞬一秒でも楽にして、あの世に送ってあげるのが役目」と思い至った。
 同センター場長の馬場聡さんは指摘する。「一般の人は、魚は普通にさばけても、ほ乳類だと敬遠してしまう。処理の仕事に対しても偏見を持ちやすい。誰かがしなければ、肉は食べられないのに」

 坂本さんは15年近く前、講演活動を始めた。解体業やそこに携わる人への理解、なにより命を提供する動物への感謝を忘れないでとの思いからだ。昨年は熊本県内の小学校や公民館など50カ所近くに出向いた。
 講演で、子どもたちからは次々に質問が飛ぶ。
 「しっぽはどうすると?」「チンチンはおいしかと?」
 純粋な好奇心。まずは、それでいいのだと思う。知る機会さえあれば、そこで芽生えた関心は、もっと成長する。
 「センターに来る牛も馬も、牧場では決して見せないおびえた顔をする。動物だって死にたくない。その『命の重さ』に気付いたからこそ、今では自分の仕事に誇りもある。伝えていかないとと思うのです」

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 ▼「いのちをいただく」
 熊本市食肉センターに勤務する坂本義喜さんの体験談を基にした絵本。
 物語は、小学校の授業参観をきっかけに、解体作業の仕事について坂本さんと息子のしのぶ君が語り合う場面から、ある日、牛をセンターに運び込んできた女の子の家族との出会いへと展開していく。
 九州大大学院農学研究院助教の佐藤剛史さんが全体を監修。有機農業実践者の八尋幸隆さん(福岡県筑紫野市)、食育活動にも熱心な漁師の村松一也さん(大分県佐伯市)、玄米をはじめ自然色豊かな給食で子育てに取り組む保育園長の西福江さん(福岡市)のインタビューも収録している。
 定価1260円。問い合わせは西日本新聞社出版部=092(711)5523。
 ※西日本新聞ネット書店からもご購入できます→ http://shop.nishinippon.co.jp/asp/ItemFile/10000238.html

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=2010/01/10付 西日本新聞朝刊=

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