2010年7月15日

むすび庵便り・八尋幸隆<14>「ホゲスト」 客でも主でもなく

農旬会の「料理指南役」として包丁を握る片山純子さん(中央)。梅村さん夫妻も両脇で支える

 月に1回、私の農場に集まり、農作業と季節の食を楽しむ「むすび庵で農と旬を語ろう会」(農旬会)。今年9月で結成14年を迎えるこの会の意味を、むすび庵に集う仲間を通して考えてみます。

 「農のメッセージを伝えたい」「作る喜びや食べる喜びを味わってほしい」。大学時代に家業を継ぎ、減農薬運動などを通じて募った私の思いを少しずつ具体化できたのは、当初から事務局を担ってくれた梅村幸平さん(59)、光子さん(54)夫妻のおかげ。コピーライターの職技を生かし、百姓が持ち合わせない感覚で、学びと遊びが一体となった今の活動形態をつくり上げてくれました。

 ゲスト(客)でもなく、ホスト(主)でもない関係を意味する「ホゲスト」という造語を考案したのもこの2人。これにより、農旬会は「おもてなし」をしたりされたりするのではなく、百姓と市民が対等に語り合う場となりました。

 農旬会では農作業のあと、必ず皆で食事を作りますが、その“料理指南役”を務めるのが片山純子さん(61)。生協で青空市活動などを行うとともに、ごみ問題についての市民活動家でもある片山さんは、当初は、どちらかというと頭で考えた安全・安心な食生活を志向するタイプでした。

 母親が料理をあまりしなかったせいか、以前はそれほど得意ではなく、調味料で味付けするのが料理だと思っていたそうです。それが、農家(私)と知り合い、田舎料理を味わううちに食べ物の本当のおいしさに気づいて、その食材の良さを引き出す料理の醍醐味(だいごみ)に目覚めたと言います。

 「料理を重ねるうちに、応用が利くようになった。畑の情景を思い浮かべながらの料理が楽しくて仕方がない」。そう語る片山さんが、食べることの大切さを実感したのが10年間に及ぶ母親の介護体験でした。

 母上がもういよいよ最期かと思われたときのこと。それでも流動食ではなく、これまで通り、心を込めた手料理をたった一口ですが食べてもらうと、母上はそれから7カ月間、別れのための十分な時間を生き延びてくれたのです。

 「やれることはすべてやった。今は紅白まんじゅうを皆さんに配りたいくらい。お葬式のとき、そう思った」。充実した介護ができた満足感が言わしめた言葉に、私もあらためて口から食べることの大事さを再確認させられました。

 振り返ると、むすび庵の活動は、生命のつながりを多くの人たちに実感してもらうことだったような気がします。自分の生命がどことつながっているかを体で感じることの大切さ。とかく理屈ばかりが先行して頭でっかちになりがちな今、そんな当たり前のことを次の世代に伝えていくことが、むすび庵の役割のように思えます。(福岡県筑紫野市「むすび庵」庵主)

=2010/06/27付 西日本新聞朝刊=

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