2010年5月12日

【豊後水道 奮闘記(村松一也)】<8>活き粋船団(2)

「かまえ直送活き粋船団」の主力商品

販売の難しさを痛感

 2005年、「かまえ直送活(い)き粋(いき)船団」がスタートしたときの商品は、ブリを漁師特製のたれに漬け込んだ漁師料理「熱めし」、圧力をかけて骨まで食えるかぶと煮&あら煮「骨まで愛して」、新鮮なブリを使った「ブリかつ」の3種類。無添加で材料にはこだわっちょるし、味にも自信はあったが、原価率の高さ以外に、最大の欠陥を見逃しちょった。販売のノウハウが全くなかったんじゃ。

 地元マスコミにはオープン前から取り上げられ、開業時には、電話で注文を少しはもらえる状態になっちょったんじゃけど、個人客だけでは加工場を毎日回すことなど到底不可能。しかも、当時の商品のパッケージは見栄えもせんかった。食べ方の情報もうまく伝わらんし、商品を置いてくれる店もなかったんです。

 自分のなかでは、環境に優しいパッケージや商品力の向上を目指し、真剣に取り組んじょったんですが、お客さまにお金を払ってもらうことの難しさを本当に甘く見ちょった。

 普通の漁師は捕った魚を選別し、箱詰め作業して地方卸売市場や漁協などに出荷すれば、それで終わり。お金は、あとから振り込まれて来るから、個人で販売したり、直接売り場に立ったりする経験はまずない。それと同じように加工品をどこかに出荷すればお金が入ってくる、ぐらいにしか考えてなかったんじゃ。

 そんな考えでは誰も買ってくれんことがわかり、開業間もないころ、福岡市西区のマリノアシティ福岡「九州のムラ市場」に出かけ、熱めしを丼で食べてもろうたら、これが大人気。リピーターも来ちくれて2日で800食以上も売れた。売り上げ40万円超!。

 船団にとっても初めての実演販売で、大分・蒲江から高速道路を使い、日替わりで5―6人の船団員が売り場に立ちました。わしともう一人は1泊2日で“参戦”。皆で「こげーも、売れるん?」っちゅう喜びで充実感を味わったんじゃ。

 だがそれは錯覚じゃった。あとで食材費など諸経費を計算したら「これだけしか残らんの」ちゅうほどの経費の掛け過ぎ。丼飯を売って、もうけの計算もできん漁師の丼勘定じゃった。

 おまけに参加した船団員の日当はなく、支給したのは高速代だけ。わしは「船団長の自分も無給なんじゃき、成功するまでは、皆も無給で当然じゃ」っちゅう思いがあったんじゃが、これがのちのち大きな問題になるんじゃ。

 内情はこげなもんでも、漁師の漁師による漁師のための船団の活動は極めて珍しく、マスコミが何度も取り上げちくれたおかげで、少しずつじゃけど知名度も上がった。そしてあるとき事務所に、大分のデパートのバイヤーから電話がかかってきました。(「かまえ直送活き粋船団」代表)

=2009/10/04付 西日本新聞朝刊=

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