2010年5月12日

【豊後水道 奮闘記(村松一也)】<10>愉快な仲間たち(1)

東国原・宮崎県知事(左)と対談する橋本正恵さん

 「女番長」と「芸能人」

 ワシも漁師じゃき、「独占欲」の強い遺伝子を引き継いじょるち思います。でも、若いころから行政の講座や勉強会に行かせてもらい、少しずつじゃが地域の悪いところが見えてきたから、仲間と会うたんびに、「足の引っ張り合いをしちょる場合じゃないんじゃ」っち訴えてきました。

 そんなある日、同じ浜のあんまりよく知らんおばちゃんから、声を掛けられました。「あんたは鉢巻きが日本一似合うじゃき、あっちこっち行って魚のPRを一緒にしゅうや(しよう)」

 「急に何を言いよるんじゃ?」っちゅう感じで不思議に思ったんじゃが、声をかけられたんが運の尽き。この人が何でも思い付いたら行動に移してしまう、マッコ姐(ねえ)さんこと橋本正恵さん。当時、蒲江町観光協会の副会長で、おなご一人で水産会社を経営。わしより10歳ほど年上で、港に揚がる磯物や魚を買い付けて市場に運ぶ仕事をしながら、地域の活性化まで考える「女番長」でした。

 見かけは、べっぴんさんなんじゃが、ものおじっちゅう言葉を知らんスーパーウーマン。県知事室にも乗り込み、大漁旗で作った服に身を包んで地元の言葉丸出しで、知事に自分の思いのたけをぶちまける本当にバイタリティーあふれる人なんです。

 こんなマッコ姐さんの「犠牲者」たちは数知れんです。まずは、春になるとマンボウのおる水族館として知られる蒲江の「大分県マリンカルチャーセンター」に勤める「現地芸能人」のピエール。地元出身の純正日本人なんやけど、イベントや取材のたんびに引っ張り出されるちゅうか、自分からしゃしゃり出てくる蒲江のスポークスマンとして活躍しちょります。

 緋扇貝(ひおうぎがい)という、美しくておいしい貝を養殖しちょる宮脇真一さん。わし同様、モノを作る「産地芸能人」として位置づけられ、九州各地でイベントがあるたんびに会場に駆り出されては夫婦で貝を焼き、緋扇貝の認知度を高めてきました。

 ほかにも、真珠生産者で、いち早く生産、加工、販売を自ら手がけて新しい品種にも取り組んじょる冨高満広君とか、マッコ姐さんは前向きで明るい人たちに声をかけ、1996年から蒲江町観光協会のエース(ちゅうても一人やけど)、古田浅男事務局長と二人三脚で、いろんな騒動を引き起こしてきたんです。

 そのうちの一つが「東九州伊勢えび海道」っちゅうイベント。大分県佐伯市に合併する前の蒲江町と、隣町の宮崎県北浦町が調印式までして、お互いの町の特産である伊勢エビで地域おこしを始めようちゅう企画で、県境を越えて行う、田舎では前代未聞の企画でした。(「かまえ直送活(い)き粋(いき)船団」代表)

=2009/10/18付 西日本新聞朝刊=

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