西日本新聞

2010年07月15日

むすび庵便り・八尋幸隆<最終回>田んぼ 先人の残した宝物

この田んぼで何回、こんな光景が繰り返されてきたのだろう

 今年も田んぼの季節が始まりました。涼しい風になびく早苗の風景を眺めながら、つかの間の安堵(あんど)感を味わっているところです。

 このときを待ちわびていたかのように、生き物たちも一斉にうごめき始めました。この田んぼで何回、この営みが繰り返されたことでしょうか。何げなく見ている田んぼの風景ですが、これが先人たちのたゆまぬ労苦の産物であることに気付いたのは、私にしてもつい最近のことでした。

 小学校などで、農業の話をすることがあります。

 「君たちは自分で自分の食べるお米を作るとしたら、何から始める?」

 いろんな答えが返ってきます。耕す、肥料をやる、種をまく、水をやる、そして、水をためる-。

 「じゃあ、水はどうやってためるんだろ」

 そこで初めて子どもらは、田んぼの一枚一枚が水平であることに気付きます。そうでないと全面に水が行き渡らないからです。また、水を漏らさないためのあぜもいるし、水利の仕組みも必要です。当たり前のようにそこにあるものが、実は先人たちの自然への壮大な働きかけで生み出されていたことに、子どもも先生も驚きます。

 「田んぼはピラミッドや万里の長城に勝るとも劣らない大土木事業だ」。「日本の米カレンダー」などで知られる評論家の富山和子さんは言います。そうした文化遺産が今ではただの観光資源でしかないのに対し、田んぼは今日でも現役で機能しているまれな存在である、とも。その一節を読んでから、私の田んぼを見る目が変わってきました。

 百姓は何でこんなに忙しい目に遭ってまで、採算の合わない米作りを続けるのか。経済合理性や損得勘定だけなら、とっくの昔に止めているはず。でも百姓だけでなく、昔は国民全体が田んぼの偉大さを分かっていたから、理屈抜きに続けられた。先人たちの苦労を無駄にしたら罰が当たる、と。でもその思いも力尽き、日本全体で見ると今、九州の水田面積を上回る田んぼが耕作放棄(断念)地となっています。

 世界では人口の6分の1が飢餓に苦しみ、そのうちの6割がアジアだという現実を見れば、食料の6割を輸入に頼るのは、もはや犯罪ではないでしょうか。私たちは農や食に対してもっと謙虚であるべきだし、食べる人がこれらを大切に思う気持ちが百姓に伝われば、直接支払いでわずかな金額を受け取るより、どんなに励みになることか、と思うのです。

 宝は田から。私たちに恵みを与える大切な宝物である田んぼを預かり、次の世代に美田を渡していく。このことが「当たり前に」できる国になるよう、この連載を通じて、少しでも農の親衛隊が増えてくれたら幸いです。 (福岡県筑紫野市「むすび庵」庵主)

=2010/07/11付 西日本新聞朝刊=

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