2010年5月12日

【豊後水道 奮闘記(村松一也)】<1>漁師の思い

村松一也さん

魚の話を聞いちくり

 豊後水道の漁師・村松一也です。大分県佐伯市蒲江っちゅう宮崎県境の漁師町で、93歳のばあちゃんや、1歳になったばっかりの双子の孫たちと暮らしちょります。

 一口に漁師ちゅうてもいろいろ。大きく分けると、一本釣りや定置網、底引き網といった漁船漁業と、いけすでブリやヒラメ、ヒラマサ、シマアジ、マダイなどを育てる養殖漁業の二つがあります。「捕る漁業」と「育てる漁業」ともいうけんど、リアス式海岸の蒲江は波が穏やかで、特に養殖が盛んなんじゃ。

 わしも春には、外洋にモジャコ(ブリの赤ちゃん)を捕りに出かけ、1年を通じ、家族総出でブリやカンパチなどを養殖しよるんじゃけど、冬は伊勢エビの刺し網漁にも出ます。

 近年の水産業界は、燃油高騰や魚価の低迷など厳しさを増すばかり。生き残りを懸けた漁業の見直しや販売戦略の立て直しが不可欠なんじゃが、古い体質を引きずり、なかなか前に進みません。

 口では「消費者ニーズが大事や」っち言うけんど、たいがいは、流通業者の声しか耳に入らんから、そっちの方を向いた仕事しかしよらん。特に漁師は人前に出ると、無口になる人が多く、捕るばっかりに夢中になって、消費者に対して魚のおいしさや、体によいとかいった機能性、食べ方の提案を全くしてこんかったことも、魚離れに拍車をかけたと思います。

 養殖業界もこれまでに、「安全・安心」に対する努力や、味や品質の向上を業界一丸となって推し進めてきました。じゃけんど、それは、いまだに多くの人には伝わっておらず、養殖ちゅうだけで、顔をしかめる人もおる。

 現場に来て、どげな飼い方をしよるかを見てもらい、魚を実際に食べてもらえれば、みんな納得しちくれるんやけどなあと思っちょったときに、「食卓の向こう側第10部・海と魚と私たち」に登場したのが縁で、この連載の話が。日ごろ考えちょることがちゃんと表現でくるかっちゅうプレッシャーもありましたが、新聞を通して、魚の魅力や漁業の現実を理解してもらえれば、「魚食民族日本人」と「漁業大国日本」の復活、そして若者が働き続けることができる漁業の再構築につながると思い、引き受けることにしました。

 この通り、蒲江ん言葉で精いっぱい、魚のうんめえ食べ方や漁師町の旬の情報を皆さんにお伝えしながら、水産業界の今後を考える場にしたいと思いますので、よろしくお願いします。

    ×      ×

 ▼むらまつ・かずや 1959年生まれ。メーンはブリ養殖。漁師仲間と設立した水産物の加工集団「かまえ直送活(い)き粋(いき)船団」代表も務める傍ら、魚のさばき方を教える出前授業も行う。ブログ「村松さんち」も人気。

=2009/08/16付 西日本新聞朝刊=

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