2005年12月15日

食卓の向こう側 第7部・生ごみは問う 読者の声

■現状知り未来へ生かす 環境負荷減らす社会を 「循環型社会」に反響150通

 現代日本の飽食ぶりや、循環型社会への道筋を考えた本紙連載「食卓の向こう側」第七部「生ごみは問う」。読者からはこれまでに、手紙やファクス、メールで約百五十通の感想や意見、問い合わせが寄せられた。
 連載で指摘した食べ残しの多さについては、自分の生活を振り返って反省したという声に交じって、「食べ残しを減らせないのは、時間に追われる生活が原因ではないか」という生き方への問題提起や、「高齢者の旅先の料理は少なくていい」という提言があった。
 また、生ごみの堆(たい)肥(ひ)化などを通じた循環型社会づくりについては、ごみ削減効果だけでなく、子どもたちの「生きる力」を養うという効果を期待する声が多かった。
 連載は、十一月二十七日―十二月十四日付朝刊一面に、計十五回掲載した。

 ●コンビニ 「利益優先」生む消費者
 コンビニエンスストア関係者からは、利益優先のシステムや消費者意識への問題提起があった。
 「私が働いていたコンビニは、一日に四回、廃棄する食品を棚から下ろし、ごみ箱に捨てていた。どこも悪くなっていないのに。中国など他国が今より発展したとき、日本の飽食が続いているとは思えない。ただでさえ日本の食料自給率は低いのに、食べ物を粗末にしている現実。もっと真剣に考えていかないといけない問題だ」(男子学生・22歳)
 「消費者の意識も問題。棚の一番奥の商品から取るのは、子どもたちにまで浸透した傾向。最前列の商品から買ってもらえれば、先入れ先出しのサイクルに乗って商品が回転するので、廃棄もかなり減らせると思うが、現実は厳しい」(福岡県久留米市・元コンビニ店経営男性・63歳)
 「これだけ無駄な廃棄を出すことに、どのオーナーも恐怖感さえ覚えている。『本部が、廃棄食品からもチャージ(手数料)を取るのは不当利益』としてチャージなどの返還を求める訴訟が起きている。大量廃棄は必要悪ではない。コンビニが、過剰サービスを当たり前にした罪は大きい」(福岡市城南区・元コンビニ店経営男性)
 「コンビニが売れ残り食品を堆(たい)肥(ひ)・飼料化し、食品製造工場から出る調理くずの飼料化も始めた、とあった。(添加物の)問題はないのか」(宮崎県延岡市・女性・39歳)
 東京農工大・瀬戸昌之教授(環境微生物学)の話 生ごみを堆肥として活用する土壌では、微生物の数や種類が増える。微生物の中には、人が飲むとすぐに死ぬような化学物質を分解する種類もある。コンビニ弁当などに含まれている添加物も微生物が分解するため、ほとんど残らない。

 ●日常 避けきれない食べ残し
 ホテルの食事の経験や、日常生活の中で気づいたことなども寄せられた。
 「夫婦でツアー旅行に参加したときのこと。ホテルで夕食が次々に運ばれてきてうんざりしていたら、年配の男性が『まだ出すのか』と怒鳴った。食べ物の大切さが身に染みている私たちの世代にとって、料理を食べ残すことは苦痛。テレビの旅番組で一人前でも豪華な料理が紹介されるが、客はすべてを最後までおいしく食べ終えられるのだろうか」(匿名)
 「以前、利用したホテルで、シルバー食の特別献立で宿泊料金が安かったり、夕食を二人で一(いち)膳(ぜん)出してくれるところがあったりした。老いて食が細くなった私たちにとって、ばら売りされない野菜や魚のパックなどは量が多すぎて困る。適量で料理を残さず済めば、うれしい」(福岡県大牟田市・男性・78歳)
 「もったいないと分かっていても、食べ残しが減らない。それは、生活が忙しすぎて時間がないのが原因ではないだろうか。食材をどう使うか計画的に買い物する余裕さえない。食の現状を知ることは、私たちが変わるきっかけになると思う」(同県庄内町・女性)
 「私の家庭では余ったものはほかの料理に使い、食べ残しもほとんどない。昔から食べ物を大切にしなさいと言われてきた。食べ残しをしないためには親の役割も重要だと思う。まず私たちが食べ物についてきちんと学習するべきだ」(同県柳川市・中学生)

 ●給食 食べ方も工夫こらそう
 学校給食は、食の大切さを伝え、自覚する機会という意見も多かった。
 「以前、栄養士として働いていた。学校が食中毒から子どもを守るため、徹底した衛生管理をすることで、無菌状態に慣れた子どもたちが、少しの菌でも抵抗力がなくなるのではないか、という思いがあった。また、食べられなかったら残していい雰囲気があると、嫌いなものが出れば、必ず残飯は増える。家庭だけでなく、子どものときに食の大切さを教えるのも学校の役目ではないだろうか」(匿名)
 「(給食の)食べ残しは食事を出す側にも責任がある。食は単に空腹を満たすものではない。視覚、嗅(きゅう)覚(かく)、味覚を使って味わうもの。家庭でも机の上で食事するより、食卓で食事したほうが食が進むように、食事専用の部屋を設けたり、金属の食器でなく、陶器を使うなどの工夫が必要だ」(女性)
 「娘の学校では野菜を育て自分たちで食べる。作る喜びは食べる喜びにつながる。残ったご飯も先生がおにぎりにしてくれている。ちゃんと食べ物の大切さを教えている学校もある。学校だけでなく親子で世界の食の現状について学ぶときがきている」(福岡県粕屋町・女性)
 「小学生のころ残飯を減らしたくて、給食を少なめにつぎ、食べたい人がおかわりできるように工夫した。だが先生から『給食費を払っているのだから残そうが食べようが本人の自由』と言われてショックを受けた。先生は残飯を減らす努力もせず、面倒なことに目をつぶっているようだった。あの時代の児童が、今、親になっているのだからこの現状があるのも納得だ」(主婦・31歳)

 ●業界・行政 法の網の見直しなど必要
 生ごみ処理などに関係する業界、自治体関係者から、現状の課題が指摘された。
 「私の畜産会社でも、二十数年前から食品残さを家畜飼料にしている。一日当たり、おから二トンを含む計四トンを利用している。畜産農家が家畜飼料として食品残さを回収するには、産業廃棄物の収集運搬業の許可が必要で、堆肥(たいひ)にするには中間処理業の許可も必要。循環型社会の構築がいわれる中、法の網も少し見直してほしい」(北九州市若松区・男性)
 「地元自治体からなる環境組合の汚泥再生処理センターで、生ごみを毎月約百トン集めて堆肥化している。資源循環のシステムづくりは採算を考えなくてはならず、大変難しい。財政が厳しくなると、背に腹は代えられない状況になる。行政側として考え方を整理し直したい」(長崎県平戸市・環境組合職員)

 ●循環 「もったいない意識」大切
  食べ物を大切にし、生ごみやし尿は資源として循環させていた、かつての日本。そのシステムを再認識する声もあった。
 「わが家ではスイカを食べ終わると、皮を塩漬けにし、おやつにした。残りの薄皮と種は、ニワトリの餌にしていた。ニワトリ小屋にはもみ殻を敷き詰めておき、一カ月に一回取り換えて肥料にした。スイカはすべて生かされ、捨てる部分がなかった」(福岡県立花町・男性)
 「私は農家の二男で、いろんな所を回ってし尿のくみ取りをしていたが、当時、し尿をもらう方が代金に野菜を渡していた。今は、し尿処理にお金を払っている。昭和三十五年ごろまでは、生ごみは一度釜で熱し、家畜の餌にしていた」(長崎県波佐見町・男性・64歳)
 「祖母は残ったご飯粒にお茶をかけ、煮魚はお湯を足してお吸い物にし、『もったいない』と、おいしそうに食べていた。食べ物を大切にする祖母を見て教わったことが身に付き、今も食べ物を腐らせたり、捨てたりすることができない。『もったいない』。美しい日本語だが、食べ物を粗末にする国に、明るい未来はあるのだろうか」(女性・44歳)
 「二十年前、曾祖母は下肥で作った野菜を食べていた。汚いと感じたが、トマトの皮は厚く、甘かった。(記事を読み)幼いころから、食べ物循環を教えるべきだと感じた。先祖が生きるために、また、地球のことを考えて食してきた生活を見直すのも大切。わが子は物がなくなると『買ってくれば』と言う。これではダメだ」(女性)

 ●半歩先 米一粒一粒もいとおしく
 食べ物を無駄にしない社会や循環型社会づくりへの道筋をどうするか。それぞれが、自分にできる範囲で行動する「半歩先宣言」が寄せられた。
 「出産前は、ごみを出したくないと、外食にしていた。産後、助産所で母乳相談を受け、野菜中心の食生活に変え、大地にしっかり足をつけて生きていくことを考え始めた。大根の葉や皮も食べるようになり、余った野菜は漬物に…。できることから始めている」(福岡県・女性・39歳)
 「農家にとって、有機栽培への移行は収益減が障害だが取り組んだ。自分で作った堆肥の野菜は最初、隣の化学肥料のものより見劣りした。でも、年々、よくなっている」(長崎県川棚町・農業男性・72歳)
 「娘三人と実家の農作業を手伝ってから、お米一粒一粒がいとおしく感じられ、お茶わんに一粒でも絶対に残さない。学生に試験の点数は大切。しかし、娘たちには『一番大切なのは命、健康』と諭している。それを守るため大切な物は、娘たち自身で悟ってほしい」(長崎県諫早市・主婦・40歳)
 「大量の生ごみを出す今の日本の構造は、国民一人一人が便利さや快適さを追求してきた結果。変えるのは容易でない。レジ袋削減のマイバッグ運動もなかなか浸透しないが、レジ袋を断ると何とも言えず心地よい。生ごみ削減の半歩先に、きっと同じ心地よさがあるのだろう」(大分県・公務員男性)
 「子どもの食べ残しを食事にしている。世界の食料不足の話をし、『ママも温かいご飯が食べたいな』と言う。六歳の末っ子にもようやく、もったいないという感覚が芽生えてきた。生活が豊かになっても、生きる力を養う原点は家庭だ」(福岡市南区・女性)


 ●必要以上に物を買わない

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高月教授の「漫画ゴミック『廃貴物』」より

 ▼高月 紘 石川県立大教授
 食の安全安心に関心が高まっていることもあり、多くの人々に「何かおかしい」「行動したい」という、うずうずした感情が広がっているようだ。少しゆっくりした生活を楽しみたいという人が増え、健康で持続可能な生き方を提案する「ロハス(Lifestyles Of Health And Sustainability)」という言葉もはやり始めた。食や環境、農業に目を向ける生き方にもつながると期待している。
 持続可能な生き方には、必要以上に買わないことが大切。リサイクルが免罪符になって物を捨てる社会が続けば、再生のために多大なコストやエネルギーを使い、根本的な問題解決にならない。
 できるだけ環境負荷を減らす社会を目指すことだ。 (談)

(2005/12/15 西日本新聞朝刊)

■食卓の向こう側・第7部 生ごみは問う
(2005/11/27~12/15掲載)
1. プロローグ 4千万人分の食 無駄に(11/27) >>>
2. ピンポン球 工業製品化した食べ物(11/28)
3. 学校給食 手付かずのパンを捨て(1129)
4. 売れ残り 品ぞろえと鮮度が「命」(11/30)
5. 残飯養豚 飢えた8億人の一方で(12/2)
6. 生ごみ堆肥 循環の輪断ち切る現実(12/3)
7. はちがめ 市民と行政対応にずれ(12/4)
8. 循環 都市と農村結ぶ契約(12/5)
9. 長崎の挑戦 「元気野菜に虫つかぬ」(12/6)
10.住民自治 ご近所結集 農園づくり(12/7)
11. 総合学習 土に根差す「命の教育」 (12/8)
12. 耕作放棄 条件不利を逆手にとり(12/9)
13. たまおく 「半歩」動き出した企業(12/10)
14. 協働 市民が先に流れつくる(12/13)
15. 種子 やれることは何ですか(12/14)
16. エピローグ 読者の反響(12/15)

第7部

■食卓の向こう側(7)
2005年11月27日から12月14日にかけて本紙で連載した「食卓の向こう側 第7部 生ごみは問う」を中心に、12月17日に行われたシンポジウム「生ごみは問う―食べ残しと循環型社会」の詳報、連載に寄せられた読者の感想や関連資料を添えて再構成しました。
家庭から出る生ごみを使った簡単な無農薬野菜の作り方も収録。

A5判ブックレット/500円
(★詳細はこちら

◎食卓第7部・ブックレット
★重岡
「どうしようもない」というほか答えが見えない
日本全体で食べられずに捨てられている食品の金額は十一兆円に達している
★田中
「ピンポン玉状の冷凍サトイモの歩留まりは25~30%」
★中山
「素手で握るなんて不衛生じゃないか」
★重岡
「食品廃棄を一日あたり一万円以下にするのは神業といわれるくらい難しい」
「コンビニの“カット”でまた痛い目に逢ったよ」
★佐藤
「新鮮で安全なら、肥料にするより餌にした方が資源の有効利用になるよねえ」
なぜ過程を見ずに、結果だけで判断するのか。そんな社会がくやしくてたまらない
★中山
「堆肥の需要がなければ、それは新たなごみの生産でしかない」
巨大な焼却処理施設には一定量のごみが必要。行政はごみが減っちゃ困るんです
★佐藤
「地元の農産物を食べることが環境を守ること。私たちの主張、間違ってますか?」
日本では年間百頭もの牛が、硝酸態窒素を含んだ牧草を食べて死んでいる
「生ごみを使えば、こんな野菜が皆さんの家庭でできるんですよ」
テレビを見て過ごすだけじゃ、自分が粗大ごみになってしまう
「生ごみを通じた教育には無限の可能性がある」
「この荒れ地が宝物なのよ~」
「一人一人の行動こそが農家や企業を変えられる」
「批判するより社会づくりに参画する方がどんなに楽しいか」
「せんせー、土に返さんば。また虫が新しい命に変わるっちゃけん」

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