2010年5月23日

木の家造りを考える 「伝統構法は先端技術」長所検証し設計法確立へ

国交省の検討委員長 鈴木祥之氏に聞く

 日本古来の伝統構法による木造住宅普及の取り組み。一番の問題は、そうした木の家が容易に造れない現状だ。特に建築基準法が課す耐震規定の在り方がネックとなっている。ここにきて国土交通省が検討委員会を設け、伝統構法の長所を生かす方向で検証に乗り出した。委員長を務める鈴木祥之(よしゆき)・立命館大教授に狙いや課題を聞いた。(長谷川彰)

 ◆ボタンの掛け違い
 -伝統構法は、わが国の風土の中で培われてきた建築技術といわれるが、現在の建築基準法では制約が多いという。どこに問題があるのか。
 「むしろ、法律の側の問題だ。今は建築基準法が伝統構法の敵みたいな存在になっている。基準法の木造の仕様規定では伝統構法の建物ではなくなる。基準法の耐震性に関する規定を当てはめると、伝統構法の家屋は『弱い建物』としてしか取り扱われない。そこにボタンの掛け違いがある」
 -どういうことか。
 「1950年に制定された建築基準法は、木造軸組(もくぞうじくぐみ)(注1)の安全性について、さまざまな規制を設けてきた。木造の仕様規定(基準法施行令3章3節)や、木造の継手(つぎて)および仕口(しぐち)(注2)に関する規定(同法告示1460号)にみられるように、壁に筋(すじ)かい(注3)を入れて補強したり、壁の量を増やしたり。壁の耐力で耐震性能を確保する発想で建てられ、現在は在来工法と呼ばれている。これが、筋かいや構造合板を用いず土塗り壁を多くして、仕口接合部は金具補強をほとんどしない、木組みの伝統構法と相いれなかった」
 -基準法で伝統構法はどう扱われているのか。
 「基準法ができた当時、世の中は伝統構法が主流で、それ自体、特にそんなに問題はないからと、いわば放置されていた。そのうちにプレハブ工法が普及し、安全性確保は力勝負が主流となり、筋かいを使う木造軸組を、プレハブと区別するため在来工法と呼ぶようになって、一般には、伝統構法と在来工法の違いが判然としなくなった。伝統構法は基準法には明確に記述されていないのが実情だ」
 -在来工法との違いは。
 「一番の違いは、地震や台風で外から加わる力に耐える仕組み。伝統構法は、揺れや変形をある程度は受け入れながら、エネルギーを吸収・発散させるのが特徴。大きな耐力はないが、木組みの粘りでしなるイメージ。在来工法は、できるだけ固めて対抗する力勝負。同じ木の軸組でも根本の思想は全く違う」

 ◆大震災でも壊れず
 -力勝負で対応したら、伝統構法ではなくなる。
 「その通り。純然たる伝統構法の家が造れなくなった中、95年、阪神大震災が起き、木造家屋は危ないという印象が定着した。当時、私は耐震信頼性理論や制震構造など高層ビルの耐震工学が専門。だが、あの震災でも壊れなかった建物を詳しく調べると、きちんと建てられて維持管理されてきた伝統構法の家屋なら、木造でも被害が少ないことが分かった。力勝負の耐震設計だけに偏る木造の危うさに気づき、高度な技術だけでは命を救えないとの反省を踏まえ、木造の研究に軸足を移すことになった」
 -伝統構法は2000年に転機があったと聞く。
 「建築基準法に『性能規定』が取り入れられた。要は、筋かいや補強金具を用いなくても、安全性能を科学的に証明できれば、採用できる道が開かれたわけだ。そこで03年に、建物が外力で変形し、損傷、破壊に至る限界を知る『限界耐力計算』をマニュアル化し、活用する設計士や工務店も出てきた」
 -復活の流れは整えられたわけか。
 「ところが、耐震構造設計の偽装事件、いわゆる姉歯問題で07年に基準法が改正され、チェック項目が激増し、構造計算適合性判定も受けることになった。膨大な書類作成が必要となった上に、伝統構法をきちんと審査できる体制が十分でなかったこともあり、動きは止まってしまった」

 ◆長期優良性も実証
 -そうした事態の打開が検討委員会の狙いか。
 「そうだ。目標は、大きくは二つ。伝統構法の性能検証実験と、それを踏まえた設計法の作成だ」
 「まず、伝統構法の長所を科学的に解明する。この建築法で百年、二百年と保たれてきた家屋が存在し、長期優良性は実証できているともいえるが、なぜ、そうなのか、説明できないと法的に認められない」
 「解明点の一つは『石場(いしば)立て(注4)』の問題。暖かい九州には圧倒的に多い。土台を設けず足固め構法で床下に風を通すから、腐朽やシロアリに強い。ただ、地震の時は足元が滑る。巨大地震の際は滑った方が免震効果が期待できるけれど、滑り量次第では礎石から落ちたり、敷地が狭ければ隣家とぶつかったりする恐れもある。礎石と柱の接触面の摩擦と足元の滑りの関係について考えていく」
 「それから、伝統構法の大きな変形性能を担保する『仕口(しぐち)』の性能も重要。専門家によれば105種類もあるそうだ。これからも使った方がよさそうなものを選び、木と木のめり込み部分が外力でどう動き、変形を許しつつ、どう耐えているのか調べる。データベースも作る予定だ」
 「さらに床面の構造。現代の建物は、床がかたちづくる水平面は変形しないとの前提に立つと、全体の設計が楽になる。でも、ほどほどに変形する伝統構法の柔構造の方が、建物全体には優しいとみられる」

 ◆研究テーマの宝庫
 -一筋縄ではいかない研究や実験になりそうだ。
 「石場立てにしろ、仕口にしろ、床にしろ、それぞれが複雑な動き方をし、それらの相互作用もある。それに素材の木の種類や大きさによっても変わってくる。構造力学的に解析するのは相当難しい。それゆえ、建築基準法が正面から向き合うことなく、敬遠してきた一因ともいえる。ただ、研究者にとってはやりがいのあるテーマの宝庫だ」
 -解析できれば設計法の作成にもつながる。
 「これから3年計画で進める。設計法ができあがった段階で、基準法の中にきちんと位置付けられるようにしたい。03年につくったマニュアルは、それまでのつなぎ役の意味もある。伝統構法と在来工法どちらにも長所、短所はある。ただ、伝統構法は知れば知るほど『先端構法』と呼んでいいくらい、先進性に富む。若い研究者や大工さんにも積極的に取り組んでもらい、歴史にはぐくまれた日本独自の文化として世界に発信するくらいの意気込みで進めたい」

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 ●注1
 木造軸組 家屋の骨組みを、地面に垂直に立てる柱と、横架材(おうかざい)と呼ばれる水平に渡した梁(はり)や桁(けた)などの木材を組み合わせて形成する建築法。
 ●注2
 仕口 柱と梁など交差する部材を固定する際の接合手法や、その接合部分を指す。ほぞとほぞ穴によるはめ込みが代表的。
 ●注3
 筋かい 軸組を補強するため、柱や横架材に対して斜めに組み込む部材。変形を抑え、壁などの剛性を高める効果がある。
 ●注4
 石場立て 地面に置いた礎石の上に柱を立てる建築手法。伝統構法では柱は礎石に乗せるだけで、接触面は固定しない。

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 ▼すずき・よしゆき 京都大大学院修了、同大防災研究所教授を経て立命館大の立命館グローバル・イノベーション機構教授。専門は耐震工学、建築振動論、木構造学。

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=2010/05/23付 西日本新聞朝刊=

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