2005年10月29日
食卓の向こう側シンポin久留米 基調講演 農民作家・山下惣一さん 子育ての手本は「自然」
私は、佐賀県唐津市の玄界灘に面した村で五十年以上、農業をやっています。現在もコメ、ミカン、ブドウ、野菜などを栽培していますが、農作物も子育ても全く同じだとつくづく思います。
五月のこと。買い物に行った妻が帰るなり、「いやあ、今どきの子守はおおごとね」と言いました。店の前で会った同級生が孫を一人背負い、さらに走りだしていた三歳の男の子に日傘を差しかけようと、追っ掛けっこをしてたというのです。理由は、子どもの母親から「絶対、直射日光に当てないで」と命じられていたためだそうです。
「なんで」と聞くと、「皮膚がんになるんだって」と妻。「バカ言え。そんなら農家はみんな皮膚がんになってるはずじゃないか」といいましたが妻いわく、「環境が変わって、昔と今では違うんじゃないの」
わが家にもそんな孫が一人おり、直射日光に当たると高熱を出します。外出時は医者の指示で、日焼け止めクリームを塗っています。真っ黒になれないなんて、かわいそうです。
ただ、これは実は、農業と同じなんです。かわいがればかわいがるほど、弱くなる。チッソ肥料をやりすぎると、必ず虫がつき、病気になります。結局は健康に育てるしかなく、そのお手本は「自然」なんですね。だって、自然の草木はちゃんと自力で育っているんですから。人工的な空間に移して栽培すると、やれ虫だ、病気だ、微量元素欠乏だとなります。手を入れ、かわいがるほど、弱くなっていくという悪循環に陥ります。
温室の水耕栽培で軟弱野菜を育てているようなもんですよ。外気に触れるとたちまちしおれてしまうから、クール便でスーパーに運び、保冷ケースで販売。それを食べた人間は軟弱になる。その人間に合わせて暖房だ、冷房だ、除湿だ、除菌だ、抗菌だとやって、さらに弱くさせる。理屈は全く同じでしょう。
社会が豊かになり、子どもの数が減っているから、大事に育てるのはいいでしょう。でも、現実には「かわいがり殺し」の方に向かっているような気がします。
牛海綿状脳症(BSE)も鳥インフルエンザも、反自然的行為への天罰と受け止めるべきです。それなのに、安全性の論議にばかり終始して、本質が忘れられています。
自然界には虫だって、バクテリアだって、ウイルスだってうようよいます。それをどうかしようということが無理。人間が強くなるよりほかにないはずなんです。
(2005/10/29 西日本新聞朝刊)

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