主な素材は、白やベージュを基調にした木綿やシルクサテン。するりと手になじむ感触が心地いい。
「どんどん洗って、シワも気にしないけど、外にも着ていける。生活の中の服でありたい」

作品に囲まれるJUNYA TASHIROさん。自然なシワやひだの雰囲気が生きている=福岡三越(写真部・吉留常人)
東京コレクションなどで活躍するデザイナー、JUNYA TASHIROさん(35)=福岡市中央区=が生み出す服は、ファッションの最前線にありながら、日常に溶け込んでいく。
常に新しさが求められる服飾業界だが、TASHIROさんのコンセプトは「着る人と一緒に年をとって、成長する服作り」。家庭で扱いやすい天然素材を活用しながら、細かな仕様に高いデザイン性を持たせることで定評がある。東京コレクションは、10月の2010年春夏コレクションで7回目の出品となった。「オブラート」をテーマに、パッチワークの豊かな色味をシルクサテンで覆ったりと、遊び心も満載だ。

「オブラート」をテーマに、パッチワークをシルクサテンで覆った新作シリーズ
すそを切りっぱなしに処理して古着のような加工を施してみる一方、レースやフリルなどのロマンチック装飾を細かく散らす。甘すぎず、クールになりすぎない。肩の力は入らないけれど、細かに計算されたデザインが幅広い世代に受け入れられている。
まるで“隣の家のお兄ちゃん”のような素朴な語り口。デザイン界ではすでに中堅となったが、「もともとおしゃれなんて縁遠い世界にいた」。
佐賀県多久市に生まれ、高校卒業後、18歳でオートバイのレーサーに。ガス会社のサラリーマン生活を経て、27歳のある日、ファッションデザインの道を志すようになった。
「長くない人生。起きている時間の大半を、嫌々過ごしたくなかった。そして、時間を消耗するだけでない、残していける何かを作りたかった」。その先に、ファッションの世界が見えた。母方の実家が注文服の店で、職人的な世界に興味があったともいう。
福岡市内の服飾関係の専門学校に入学したが、年の離れたクラスメートたちの開放感になじめず、ひとり切迫感にとらわれ、自宅のアパートにこもって服を作り続けた。ろくに食事も睡眠もとらずに300着以上の服を縫ううち、手応えがつかめてきた。
30歳で独立し、06年に東京コレクションに初出品すると、すぐに注目を浴びた。作り込みすぎないナチュラルな要素が時代に合い、海外のバイヤーからも注文が舞い込むようになった。
「モード」という消耗されゆく流行に埋没しない、オーガニック感を軸にしながら、「いつも“+〓(〓はアルファ)”の部分で遊びたい」とTASHIROさん。週末は今もレースを続ける。「新しいこと、ワクワクすること、違うことを楽しんでいたい」 (平原奈央子)
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▼ジュンヤ・タシロ 1974年、佐賀県多久市生まれ。本名、田代淳也。27歳でサラリーマン生活からデザイナーに転身。2004年に独立、「JUNYA TASHIRO」を主宰。06年9月東京コレクションに初出品。アトリエ「Himitsukiti」=092(534)6377。
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=2009/11/22付 西日本新聞朝刊=