
「器には作り手の心が宿り、さらに使う人の色に染まっていくんです」と林田友香さんは語る。器は人とともに生き続ける

ざっくりとした肌触りが魅力の器たち。時には作り手との語り合いから生まれる器もある
たおやかな可也(かや)山を眺めていると、日々の生活でこわばった心がほどけていく。ほんわかと柔らかな空気が漂う福岡県・糸島半島。林田友香さん(35)がその海辺に居を構え、インターネットのウェブショップを始めて10年になる。
20歳で結婚した後、仕事と家事でストレスがたまり、体調を崩した。「そんな時、糸島を訪ねて、『ここだっ!』って。自然があって、生活感もある。なんか、すごく落ち着けたんです」。今、働きながら、海で遊び、米を作る日々を送っている。「自然に逆らわず、ガツガツせずに暮らせるようになってきました。糸島が教えてくれたことです。そんなゆとりが生まれたのはこの2、3年ですけどね」。アハハと笑う。
電子の網を頼りに全国各地に運ばれるのは、手の温かさを感じさせる陶器や暮らしの道具たち。糸島の雰囲気に似ている。林田さんの笑顔にも。
土から生まれた器はいつも身近にあった。
「母が土モノしか使わない人で、私もキャラクター付きのプラスチックのおわんじゃなくて、飛びかんなの小石原焼き。幼児にしては渋過ぎですよね」
作陶を少し学んだこともあって、自営の生活を考えて糸島に移住した年、「自然のなりゆきで器屋さん」になると決めた。店舗を構える余裕はないのでウェブショップ。「当時は個人でやっている人は少なくて、写真の撮影法から文章まで試行錯誤の連続」。軌道に乗ったのは5年ほどたってからだ。年に4、5回、全国を旅して器や生活道具を探し、制作者と語り合う。
器を選ぶ基準は?
「ごはんがおいしそう、ですね。どんな料理を盛るのか想像が膨らむ器です」。そして、小さな沈黙をはさんでつぶやく。「仕事をしていた母はどんなに忙しくても料理を作り、器に盛ってくれた。反目した時期もあったけど、やっぱり母の存在って大きいです…」。母が脳出血で他界して、2度目の冬を迎える。
「母の死後、生きるってことや死について随分考え、いろんな本で勉強した。それで、すっと浮かび上がってきた言葉があったんです」。つながり-という4文字だった。
11月19日、陶芸家や工芸作家の仲間と一緒に、お寺でワークショップなどを含むイベントを行った。題して「ここ日和―つなぐ手づくり市」。「助けたり、助けられたり、楽しみを共有したりしながら、心豊かになれる。母だけでなく、糸島のこの暮らしから学んだことです」
制作者と客を「つなぐ」ことで、「暮らしをもっともっと豊かにする」のが仕事。そんな器たちが世代もつないでいければ、とも願う。「母から譲られた器を娘が使い、そして孫へ。欠けてもお直しして。すてきだと思いません?」。林田さんの食器棚でも、母の器がひっそりと出番を待っている。
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▼はやしだ・ともか 1974年、福岡県粕屋町生まれ。OL生活などを経て、2000年春、同県志摩町に夫婦で移住。自宅を拠点に器と生活道具のウェブショップ「kurumian」を開設した。器を中心に、オーガニックコットンの衣類なども販売している。アドレスは
http://www.kurumian.com
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=2009/12/13付 西日本新聞朝刊=