
店にはセリアさん(手前)の味と人柄を慕って多くのブラジル人たちが訪れる=福岡市中央区今泉
寒波に襲われた街が冷え込むにつれ、店の中は逆に熱く火照っていく。サンバのリズムに客が総立ちでステップを刻む。歓声と笑い声が渦を巻く。「ここは小さなブラジルね」。陽気にはしゃぐ若者たちをながめ、日系3世のドナ・セリアさん(62)が目を細める。
2年前、福岡市中央区今泉に開店したブラジル料理店「ドイス・ラゴス」。サッカー人気もあって日本人客は少なくはないが、異国で暮らすブラジル人たちの集いの場でもある。料理を作るセリアさんはいつも、おおらかな笑顔で仲間たちを迎える。「お母さんのような人」と語るのは、妹とその恋人を連れて来た日系3世、マスキ・ウィルソン・タダオさん(27)=福岡県須恵町。来店するブラジル人たちの共通の思いだろう。
タダオさんは8カ月前まで、群馬県内の自動車部品工場で働いていた。1日2交代。残業は月に140時間を超えたが、給料は高かった。景気悪化に伴う人員整理で多くの同僚ブラジル人とともに解雇され、今は須恵町のコンビニ向け食材工場で働いている。収入は半減した。
工場では15人のブラジル人が日本人と一緒に働いている。「以前住んでいた所では、“変な外人”みたいな周りの視線が嫌だったけど、ここではそれがない。九州の人は親しみやすい。できればここで暮らして、日本の女性と結婚できたら」とタダオさんは朗らかに語る。だが、話が進むうちに、本音もちらほら交じる。「日本人は表現があいまいで、心の奥が分からない。こちらが感情をオープンにして近づくと、離れていくみたい」。微妙に変わった場の雰囲気を察したかのように、「これも食べてみて」とセリアさんがサービスのパスタを運んできた。
週末、この店でアルバイトしながら、仕事を探しているマルシアさん(38)=同市中央区=は18歳で日系人と結婚、海を渡ってきた。しかしその後、別居した。夜の繁華街で11年間、ホステスやダンサーとして働き、生計を立ててきた。
「いい人、悪い人、いろんな人がいた。でも、もうおじちゃんたちの相手は嫌です。それに体力的にもきつい」
仕事はなかなか見つからない。アパートで一人暮らし。「つらいのは本当の友だちがいないこと。でもここに来れば、セリアには何でも話せる」。ブラジルに帰るつもりはないという。「ここには自由があるから」
午前0時を過ぎたが、客は途絶えない。セリアさんの表情に疲れが見え始め、オーナーが帰宅を促した。エプロンをたたみ、店のそばのワンルームマンションにひとり、帰る。
セリアさんが初めて来日したのは10年前。福岡県で暮らす叔父の介護が目的だった。6年後に叔父をみとって帰国したが、「ドイス・ラゴス」がオープンする際、オーナーから声をかけられて再来日した。日本ではこれで8度目の冬を迎えたことになる。
「若い人たち、みんながんばっています。それに、日本はいいですよ。安全でねえ。何でもそろっているでしょう」
深夜テレビを少し見てから、セリアさんはベッドに入る。ブラジルに残った夫は、好きな日本に来た自分を応援してくれている。長電話する日本人の親友もできた。「あと少し、日本でがんばってみよう」。心の中で時折そうつぶやいて、目を閉じる。
× ×
▼ブラジル人の出稼ぎ
1990年の出入国管理法改正で日系ブラジル人2、3世とその家族の就労規制が緩和され、出稼ぎ目的の来日が増加。愛知県や群馬県の製造業関係の工場で働く人が多く、一部にブラジル人コミュニティーが生まれている。入国管理局によると、日本で暮らすブラジル人(留学生を含む)は2008年末現在全国で約31万人。9年連続で増加していたが、景気悪化の影響を受け、08年に前年比マイナス4385人と減少に転じている。
=2010/01/09付 西日本新聞朝刊=