
屋外でタクシーの車両清掃に向かう李承桓さん。この夜の気温は3.1度。眠気も吹き飛ぶ
街がひっそりと静まり返った午前3時、闇に白い息だけがせわしく浮かんでは消えていく。韓国人留学生の李承桓(イスンファン)さん(33)=福岡市城南区=はタクシー会社の駐車場で、黙々と車両清掃に励んでいた。この日は朝7時までに約50台のタクシーを磨いた。
李さんは韓国・大邱市の出身。地元の私立大学を卒業後、2007年3月に来日、九州大学大学院で政治学を学んでいる。月約5万円の生活費はバイト代と奨学金でまかなっている。今回の取材に応じてくれたように、日本語にはある程度自信がある。それでも、アルバイトの面接に行くと「外国人だから」「日本語ができないから」と断られた。受け入れてくれるのは皿洗いや荷物の仕分けといったいわゆる非熟練労働がほとんど。時給千円の今の仕事先では、学生のアルバイトは李さん一人だけだ。
「通訳や韓国語教室の講師とか、外国人という立場を生かしたバイトもしてみたい。できるはずですから…」。声にかすかな口惜しさがにじむ。
韓国政府は1998年から段階的に日本文化の開放政策を実施。若い世代は日本の映画やアニメ、音楽、ファッションに触れて育っている。日本では2003年、韓国ドラマ「冬のソナタ」の大ヒットを機に、韓流ブームが押し寄せた。「近くて遠い」と言われてきた2国間の距離は一気に縮まった-という声をよく耳にする。だが、李さんの印象はやや異なる。
「私も映画やアニメを通して日本に興味を持ち、留学先に福岡を選びました。あこがれはありました。でも、来日前は日本は〈韓国を侵略した国〉というイメージが強かったです。今は薄まってきましたけど、ゼロにはならない」
日本に来て3年、アルバイトをしながら大学院で美術を学んでいる韓国人女性の金秀彬(キムスビン)さん(26)=仮名=の場合、思春期から生活の中に日本のサブカルチャーがあった。
「20代で韓日間の歴史認識の問題を深く考えている人は多くないと思います。それよりも目に見える日本の文化に魅力を感じていますから。目に見えない歴史の問題は、普段はますますぼやけてきます」
ただしこうも語る。
「でも、歴史や政治の問題に触れると、日本への意識は古い世代に戻ります」
日本に対する「負」のイメージを心に秘めながら福岡での生活を始めた李さん。日本との距離はどう変わっただろうか。
「やっぱり韓流ドラマの影響もあるのでしょうか、実際に暮らしてみると韓国への好意的なまなざしを感じました」。やがて、李さんの視線も変化してきたという。「歴史的な問題や感情で自分から壁を作るのは、日本人や日本から学ぶチャンスを失ってしまう。それは損ですから」
韓国人留学生よりも日本人学生と積極的に付き合うように心掛けているという。それでも、文化的な壁にぶつかる。例えば交際する時の距離感。
「どこまで踏み込めば失礼になるか分からない。日本人が示す『遠慮』が『配慮』だとだんだん分かってきたけど。日本人と付き合うのは韓国での生活より2、3倍多くエネルギーを使う」
李さんの夢は日本を含めた海外の大学で先生になること。文化の壁、歴史的負の遺産の壁。時に折り合いをつけながらも、いくつもの壁を超えていくつもりだ。
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▼留学生
大学や専修学校などの高等教育機関で学ぶ外国人を「留学生」、日本語学校や高校などの中等教育機関で学ぶ外国人を「就学生」と呼ぶ。独立行政法人日本学生支援機構によると、2009年5月1日現在の留学生数は13万2720人で過去最高。出身国別では中国が全体の約6割を占め、韓国、台湾が続く。九州には約1万5100人の留学生がいる。留学生、就学生ともに就業は認められていないが、資格外活動許可の範囲内で週28時間以内、教育機関の長期休業期間中は1日8時間以内であればアルバイトをすることができる。
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