
子牛にミルクを与えるケンタさん。毎日、仕事のスタートは午前4時半だ
まだ夜も明けぬ午前4時半、ケンタさん(20)の一日が始まる。寮を出て、すぐそばの牛舎に向かう。乳を搾り、子牛に餌を与え、掃除する。「大変だけど、仕事ができるのが楽しい」と笑顔で汗をぬぐう。熊本県北部の酪農地帯、合志市の「大久保農場」で仕事を始め約4カ月がたつ。
ケンタさんはフィリピン・マニラから車で1時間ほどの都市で生まれ育った。母はフィリピン人。父は家にいなかった。海外への出稼ぎが多いフィリピンで、親が家にいない家庭は珍しくないという。母も「お父さんは、外国で仕事をしている」と説明してきた。ケンタさんが15歳の時、1枚の写真を見せてくれた。おなかの大きな若い母に寄り添う男性。初めて見た父の顔だった。
1984年に来日し、ホステスとして働いた母は日本人男性と知り合い、女児を出産した。第2子の妊娠が分かった後に帰国。生まれたのがケンタさんだ。男性は婚姻届を出したが、その後連絡を絶ち、養育費も一切払っていない。
初めて知った出生の事実だが、父への憤りや会いたいという思いはわかなかったとケンタさんは語る。「今さら、お父さんはいらない。それよりも『日本人になれる。日本で仕事できるチャンスがある』と思うと、うれしかった」。近くに住む伯母は日本人の会社経営者と結婚し、裕福な生活を送っていた。「日本は美しく、豊かな国に違いないと思っていた」
フィリピンの失業率は7%を上回り、マニラ首都圏では10%を超過。さらに高い失業率を示す民間団体調査もある。ケンタさんの家には10人以上の親族が住んだこともあったが、誰も定職に就けず、家計は祖父母の年金が頼り。16歳で高校を出たケンタさんも仕事がなく、「ストリートファイター」として路上で拳を交え、わずかな賭け金を稼ぐ日々を送っていた。
「いつかは掃除の仕事をして、少しお金が手に入ればいい」。そんなささやかな願望さえも遠く思えた暮らしにあって、「父が日本人」という事実は「周りの誰もがうらやむ、最高のラッキー」だった。
フィリピン人女性と日本人男性の間に生まれた子どもたちを支援する市民団体を頼り、08年に姉のユウコさん(21)が、翌年にはケンタさんが来日した。
「ケンタは『休みはいらない』ってけんか腰で言うんですよ。仕事がなくなることへの恐怖感が大きいかもしれんですね」と農場経営者、大久保俊和さん(57)は語る。ほかにもケンタさんと同じような生い立ちの兄弟を受け入れている。
仕事の傍ら、日本語の勉強に励むケンタさんを、大久保さんは「日本語が分からんと、女の子にも声かけられんぞ」とからかう。半分は冗談だが、半分は真剣だ。ケンタさんは昨年10月、日本国籍を取得した。「10年もすれば結婚を考えるだろう。人生設計の準備をしてやらんといかん」。大久保さんにとって、ケンタさんはすでに「酪農の次世代の担い手」なのだ。
支援団体の調査で、ケンタさんの父の住所や生活状況は分かっている。だが、ケンタさんは「(父の情報は)いらない」と拒む。
会いたくはないのか。
「時がたてば、いつか会いたくなるかもしれません。でも、今は仕事があって、幸せ。お父さんに会えば迷惑をかけるかもしれないし、自分の生活も変わってしまうかもしれない」
「心の中は今でもフィリピン人」と言い切るケンタさんだが、日本に定住したいと考えている。
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ケンタさんのようにフィリピン人女性と日本人男性の間に生まれた子どもたちがいる。父親の養育放棄などで過酷な生活を強いられている母子は少なくない。「父の国」日本での暮らしを模索する子どもやその母の姿をリポートする。
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●出稼ぎ 1980年代から増
日本に出稼ぎにきたフィリピン人女性と日本人男性の間に生まれた子どもたちは、「JFC(ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレン)」と呼ばれている。公式な調査データはないが、フィリピン国内だけで、4―5万人のJFCがいるという推測もある。
JFCの母親の多くは、歌手やダンサーといった名目で入国した“エンターテイナー”といわれる。興行ビザで入国するフィリピン人は1980年代から増え始め、2004年には約8万3千人が入国。だが、実態はホステスなどとして就労することが多く、米国務省報告書で批判されたこともあり、日本政府は05年から興行ビザ発給の基準を厳格化。フィリピンからの入国は、08年は約3200人まで激減した。
JFCについては、父親との連絡が途絶え、認知や養育費の支払いがされないなど、母子が生活困窮に陥るケースが多発して、フィリピンで社会問題化。日本とフィリピンの民間団体が中心となり、認知、養育費の請求、日本国籍の取得などの支援を行っている。
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