
塚原集落の中心部。この通りの奥にお年寄りのための商店が開店する予定だ=24日午後、大分県由布市
湯煙が幾筋もたなびく大分県由布市湯布院町の温泉街。その中心部から車で約15分、標高およそ600メートルの高原に塚原集落はある。
シャモ料理の店を営む奥永哲司(66)は6年前、大分市から塚原に移り住んだ。自宅の敷地にシャモ100羽を放し飼いにしている。料理の材料は、ほとんどが地元産。シャモの餌も、規格外のハクサイやダイコンを農家から無償で譲り受けている。
17日の野焼き事故で亡くなった宮本義広(75)も協力者の1人。畑を訪ねてお礼を言うと、宮本は決まって「腐らせんですむで助かるわ」と笑った。そんな人だった。
集落の高齢化に伴い、耕す人がいなくなった農地が増えている。奥永は手付かずの畑を農業体験の場にしたいと思っている。都会の人たちが種や苗を植え、収穫を楽しむ。その間の世話をしてくれる地元農家には手数料が入る構想だ。
「荒れた畑を使うてくれればありがたい」。農家の反応も悪くない。宮本にいろいろ頼るつもりだった。
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「野焼きの手が足らんでなあ」。溝口哲生(70)はそう打ち明けた。
溝口は野焼き作業を取り仕切る塚原財産管理委員会の委員長。16日、その自宅をたまたま訪ねた奥永は、溝口の言葉をはっきりと覚えている。
野焼きは、集落の共有財産である入会地で行われる。芽吹いた牧草を刈り取り、家畜の餌として売ったりして収入を得てきた。作業に参加するのは、入会地の権利を持つ古くからの住民たち。高齢化が進んでおり、今年参加した約70人のうち半数以上が70歳を超えるお年寄りだった。
奥永は提案した。飲食店や貸別荘を営む新住民も野焼きに参加させたらどうか-。住民約360人の集落には、集落外から移り住んだ人たちが約100人いる。
溝口はしばらく考え込み、口を開いた。
「けがでもされたら大変じゃき。やっぱり地元でせないかん」
その翌日、悲劇は起きた。
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塚原には、しゃれた造りのカフェや貸別荘が四十数軒点在する。ほとんどは観光客相手の商売。酒とたばこ、ちょっとした食料品を置いていた唯一の商店は、4年前に閉じてしまった。
お年寄りには日々の買い物をする店がない。酪農家の曽我和正(36)ら集落の有志数人が、ある計画を進めている。
車を運転できないお年寄りのための商店づくりだ。故郷の塚原にUターンした会社員や飲食店経営者などが参加。新旧住民に新たな絆(きずな)が生まれつつある。
調味料や洗剤などの生活必需品をそろえ、住民も商店で自家栽培の野菜を売る。「屋根のトタンがはがれた」「草刈りの人手がおらん」。お年寄りからの相談があれば、地元の若手を手配する。そんな店が理想。いずれはATM(現金自動預払機)も置きたいと考えている。
月5000円で借りている空き家の改修作業は、すでに佳境を迎えている。「ビールも店に置いてくれな」。亡くなった宮本も、開店を楽しみにしていた。
「塚原便利商店」。屋号も決まった。高原に新緑が芽吹く4月中旬、開店する。その暁には、宮本の墓前にビールを供えるつもりだ。 (敬称略)
(「わたしたちの九州」取材班=池田郷、石田剛)
=2009/03/28付 西日本新聞朝刊=