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博多の夏を駆け抜けた 山笠担当記者として 独自の世界、魅力体感

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15日早朝、福岡市博多区で行われた博多祇園山笠の「追い山」
 「何があれだけ、大の男たちを純粋に熱くさせるのか。答えを知りたい」―それが博多祇園山笠取材の原点になった。5月中旬に博多まちなか支局に着任し、山笠を全力で追い掛けて2カ月。多くの方々のお世話になりながら、15日早朝の追い山を走り終えた時、おぼろげながら、自分なりの答えを見つけた気がした。
 「山笠は、自分でやらな分からん」。取材のしょっぱな、博多祇園山笠振興会の幹部陣は異口同音にそう言った。6月の連載で話を聞いた山笠の裏方さんたちも、同じだった。人々の「山のぼせ」ぶりはひしひしと感じる。しかし自分は、山笠の魅力を理解できない。もどかしさが募った。
 今年の一番山笠・恵比須流(ながれ)の下竪(しもたて)町に、山笠に加わる許しを得た。恐る恐る、舁(か)き縄の縄綯(な)い作業に臨む。新参者で何もできない私に町の人たちは温かく、丁寧に綯い方を教えてくれた。
 山笠が動きだすと、舁き手に勢い水を浴びせる「水当番」や、通りで車に停止を願う「交通」を任された。要領を得ずたびたび怒鳴られたが、突進する山笠を真正面で見られる恩恵があった。舁き回る男たちのすさまじい形相が胸に迫った。
 山笠の時間は、飛ぶように過ぎていく。厳格なしきたりや濃密な人間関係にようやくなじみ始めたころ、「追い山」の日はやってきた。夜明け前の櫛田神社。先頭を切る一番山笠ならではの緊張感が、何100人という恵比須流の男たちを包む。
 スタート。指示の怒声が響いた。「櫛田入り」を果たした後、清道(境内)に山笠を止め、一番山笠だけに許される「博多祝い唄(うた)」の大合唱。歌いながら、身震いした。自分の体験したことのない世界がそこにあった。「これが山笠か」―。
 追い山を終え、下竪町の直会(なおらい)(宴席)で「博多手一本」を入れる大役を担った。100人近い顔を前にひどく緊張したが、同時に町の一員として受ける扱いは、言いようもなく心地よかった。
 取材の中で「山笠の魅力は誰でも目標を持てることだ」と聞いた。今、言葉の意味を実感する。自分に新たな目標もできた。「今年は遠巻きだったが、次はもっと山笠(やま)に近づく」。これから1年、心の中で温め続けていきたいと思う。
 取材で出会ったすべての人たち、そして下竪町の皆さん、本当にありがとうございました。
 (博多まちなか支局・金沢皓介)

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2006年07月18日11時46分