西日本新聞電子版 1周年記念プレゼント

【命をつなぐ 臓器移植法20年】<1>提供の意思 5人にリレー

手術室前で整列して臓器提供者を迎える医師たち。提供者に敬意を表すためという(聖マリア病院提供)
手術室前で整列して臓器提供者を迎える医師たち。提供者に敬意を表すためという(聖マリア病院提供)
写真を見る
摘出された臓器を手術室から運び出す医師(聖マリア病院提供)
摘出された臓器を手術室から運び出す医師(聖マリア病院提供)
写真を見る
提供された心臓を搬送するため、病院の屋上から飛び立つ消防ヘリコプター=福岡県久留米市(聖マリア病院提供)
提供された心臓を搬送するため、病院の屋上から飛び立つ消防ヘリコプター=福岡県久留米市(聖マリア病院提供)
写真を見る

 雲一つない早朝の空に、福岡市消防局のヘリコプター「ゆりかもめ」が浮き上がった。

 福岡県久留米市の聖マリア病院。屋上ヘリポートを望める場所で、家族は「行ってらっしゃい」と口々につぶやいた。赤い機体が北の空に消えるまで、手を振り続けた。

    ◇      ◇

 院内が慌ただしさを増したのは3日前、寒さの厳しい日だった。

 脳神経外科医からの連絡で始まった。「ICU(集中治療室)の患者さんが脳死状態だ。ご家族にはお話しした」。脳出血で搬送された50代男性。画像診断では出血で脳幹部が圧迫されていた。自発呼吸はなく、瞳孔も散大していた。

 病院職員で医療ソーシャルワーカーの寶場(たからば)由佳さん(33)は、相談室で家族と向き合った。「脳死の状態となった患者さんのご家族にお話をさせてもらっています」。前置きして、男性が臓器提供について話したことはなかったか尋ねた。本人の意思が分からなくても家族が望めば提供できることなどもゆっくりと説明した。

 最初はぼうぜんとして聞いていた家族も、やりとりをするうちに語り始めた。「いつも人のために頑張ってくれていたよね」…。約2時間後、親族も交えて話し合った結果が寶場さんに伝えられた。「もっと詳しく話を聞きたい」

 翌日、あっせん機関の日本臓器移植ネットワークから派遣された職員らから説明を受け、家族は臓器提供承諾書にサインした。

 その夜、ICUの個室で法的脳死判定が始まった。「対光反射、ありません」「脳幹反射、ありません」。法で定められた通り、瞳孔や脳波の動きなど5項目について、2回にわたって確認する必要がある。2回目は翌朝に行われ、最後に家族が入室した。

 「判定が終わりました。ご臨終です」。2回目の法的脳死判定の終了時刻が、死亡時刻となった。

 男性はまだ温かかった。

    ◇      ◇

 《心臓=九州大病院、膵臓(すいぞう)と腎臓=九州大病院、腎臓=福岡赤十字病院、左肺=東北大病院、肝臓=京都府立医大病院》

 重症度、血液型などからレシピエント(移植を受ける患者)に選ばれたのは、4病院で待機する30~50代の患者5人。深夜から未明にかけて、摘出に当たる医師約20人が4病院から駆け付けた。

 午前6時半。「黙とう」。最も広い手術室で、聖マリア病院の職員も含めた約40人が一斉にこうべを垂れ、摘出手術が静かに始まった。

 心臓につながる大動脈を鉗子(かんし)で遮断する。血流を止めても機能を失わないリミットは心臓が4時間、肺8時間、肝臓12時間、腎臓24時間。心臓から順に摘出し、半数の医師はクーラーボックスを抱えて、空路や陸路で各病院へ散った。

 残った医師から丁寧に縫合された男性は、昼前に遺族の元へ戻った。

    ◇      ◇

 「ゆりかもめ」は九大病院に心臓を運んだ。手術室で待っていたのは心臓血管外科の塩瀬明教授(46)。レシピエントの男性の体に新しい心臓を埋め、血管を縫い合わせていく。

 トク…トク…。心臓に血液が流れ始めた。「よし、大丈夫」。心拍を再開したのは、摘出からわずか1時間33分後だった。

 1週間後、意識を取り戻したレシピエントは「鼓動を感じる」と涙を流した。2カ月後には飲食業の仕事に復帰を果たす。この夏休み、小学生の娘に付き添って早朝のラジオ体操に参加した。一緒に汗を流したのは初めてだった。

 「こんな日が来るなんて思わなかった。提供してくれた方には感謝しかない。元気に生きることで、ご家族の思いに報いたい」

 臓器提供を裏で支えた聖マリア病院脳神経センター長の福田賢治医師(54)は最後に遺族から掛けられた言葉を忘れない。「本人の気持ちを少しはくみ取れたと思う。よかったです」。いつもなら、死亡退院時に地下出口で見送る際、職員一同、敗北感に包まれる。「それがこのときは、少しだけ違っていました」と福田医師は振り返る。

    ◇   ◇

 「命のリレー」と呼ばれる臓器移植。臓器不全で瀕死(ひんし)の患者を救う最後の手段だが、臓器移植法の施行から20年を経ても定着したとは言い難い。移植を待つ患者約1万4千人に対し、脳死下の臓器提供は年50件前後と足踏み状態が続く。移植を巡る人々の思いを、九州の現場から見つめ直す。

 ●メモ

 脳死段階での臓器提供は法的脳死判定を経なければならない。判定には(1)深い昏睡(こんすい)(2)瞳孔の散大と固定(3)脳幹反射の喪失(4)平たんな脳波(5)自発呼吸の停止-の5項目の確認が必要で、移植手術に関わらない2人以上の医師が、6時間以上(6歳未満は24時間以上)の間隔を空けて2回行う。法的脳死判定の前に、(5)を除いた4項目を1回確認した時点で「脳死とされうる状態」(かつての臨床的脳死)と判断され、病院側は家族に提供の意思を確認する。(5)を除くのは、人工呼吸器を外して確認することになり、患者にリスクがあるため。


=2017/10/09付 西日本新聞朝刊=

→電子版1周年記念!1万円分賞品券やQUOカードが当たる!!

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]