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【命をつなぐ 臓器移植法20年】<3>母ならきっとこうする

臓器を提供した50代女性と家族に届いたレシピエントからの手紙や感謝状(写真の一部を加工しています)
臓器を提供した50代女性と家族に届いたレシピエントからの手紙や感謝状(写真の一部を加工しています)
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 まだ50代の妻が、福岡の自宅でテーブルに突っ伏して動かなくなったのは、昼すぎのことだった。一緒にいた高校生の次女の悲鳴を聞いて、男性(61)は隣にある職場から駆け付けた。

 脳動脈瘤(りゅう)破裂によるくも膜下出血。救命救急センターに運ばれ、人工呼吸器が装着された。主治医に「家族全員を呼んでください」と言われ、4人の子どもと一緒に説明を受けた。「脳幹部の出血がひどく、今の医療では99・9%、救命は難しい。脳死の状態です」

 次の瞬間、こう口にしていた。「臓器提供はできるんでしょうか」。主治医の表情がこわばった。この病院に脳死段階での臓器提供の経験はなかった。

 妻の財布からアイバンクの献眼登録証を引っ張り出して見せた。十数年前に「人の役に立つなら、臓器提供でも献体でも何でもしよう」と一緒に登録していた。夫婦で書いた臓器提供意思表示カード(ドナーカード)も捜した。

 見つからなかったが、子どもたちにも記憶があった。長男(34)が大学生のころ、街頭で受け取ったドナーカードを母に見せると「いいね、これ。私にもしものことがあったら、よろしくね」と話していた。

    ◇      ◇

 ドナーカードがなくても家族の承諾があれば臓器提供できる。家族は院長にも直接、意思を確認された。翌日には、病院の依頼で駆けつけた福岡県移植コーディネーターの岩田誠司さん(46)と面談した。

 家族の1人でも反対すると実現しない。多数意見に押され、無理に承諾するようなことがあれば後で問題が生じかねない。特に、倒れた母と一緒だった次女はまだ10代でショックは大きいはずだ。岩田さんは5人それぞれから慎重に確認を取り「家族の意思は固い」と感じた。

 家族は脳死で提供できる全ての臓器と眼球、そして重いやけどの人に移植する皮膚の提供も承諾した。

 実のところ男性は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)していた。2回目の法的脳死判定を終え、臓器摘出が始まる直前だった。集中治療室(ICU)でお別れをする際、妻の体が温かかったからだ。「まだ生きている」。でも、迷っている間に臓器の機能が衰え、移植できなくなる恐れがあった。「本人だったら、できるだけ多くの人を助けたいはずだ」と言い聞かせ、手術室へ送り出した。

 半日後、摘出手術を終えた。長女が買ってきたワンピースを着せてもらい、家族の元に戻ってきた妻は穏やかな表情だった。「母さん、きれいだな。寝てるみたいだ」。手術痕はガーゼで丁寧に覆われ、服を着せれば全く分からなかった。

    ◇      ◇

 提供は間違いじゃなかった-。そう確信が持てたのは半年ほどしてからだったと、長男は打ち明ける。移植コーディネーターの岩田さんが自宅まで持参してくれた無記名の手紙がきっかけだった。母の臓器を移植されたレシピエント4人からだった。

 「インスリンが分泌されなくなり、小学4年から毎日注射を打っていた」と膵臓(すいぞう)移植を受けた女性。両肺移植の男性は「10歳で肺高血圧症になり、四六時中、酸素ボンベが手放せず…」と記していた。心臓を移植された男性はまだ20代だった。全員が「生まれ変わったようでした」と感謝を何度もつづっていた。4人を含めて13人の命が救われ、病が改善したとも聞いた。

 母の葬儀の直後、臓器提供を報じるネットニュースで「家族はばかなことを」と批判する書き込みを見つけた。「死期を早める行為はおかしい」と臓器提供に反対する市民団体、「摘出の際、痛みで動くことがある」との誤った情報…。一方で「提供して良かった」という遺族の肉声は聞こえず、正しい選択だったのか気持ちが乱れ始めていた。

 心のつかえが、レシピエントの手紙で取れた。「本当のところ、何が正しいのか分からない。でもやっぱり、母だったら、この道を選んだと思う」。あれから数年、家族5人全員がドナーカードを持っている。

 ●メモ

 1997年に施行された臓器移植法では当初、脳死段階での臓器提供は本人が事前に文書で意思を示していることが条件だったため、年10件前後だった。法改正で緩和され、2010年7月以降は本人の意思が不明でも家族承諾があれば提供可能になり、急増した。

 一方、心停止後の提供(膵臓=すいぞう=、腎臓、眼球のみ)は06年の102件をピークに減り、この4年は脳死と心停止を合わせた提供数は年100件に満たない状態が続いている。関係者の間では「臓器移植に理解のある人が心停止から脳死下での提供に移行した」と指摘されている。

 延命治療への考え方、死生観、医療保険制度の違いなどもあって臓器提供のシステムが整備されており、欧米では提供数が多い。


=2017/10/30付 西日本新聞朝刊=

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