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小島養生所跡、一部保存へ 日本初の西洋式近代病院 [長崎県]

展示されることになった小島養生所の建物基礎部分。玉砂利で固められている
展示されることになった小島養生所の建物基礎部分。玉砂利で固められている
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 日本初の西洋式近代病院とされる「小島養生所」の遺構が、旧長崎市立佐古小(同市西小島1丁目)の敷地内で見つかり、この地に新しい小学校の体育館建設を予定する市は11日、遺構の一部を保存、展示するスペースを設ける方針を明らかにした。近代医学発祥の地としての歴史的価値を伝える場とする狙い。

 小島養生所は1861年、西洋医学を広めるため江戸幕府が招いたオランダ人医師ポンペ(1829~1908)が中心となって開院。隣接地には長崎大医学部の前身「医学所」もあった。養生所の教員や巣立った医師らが各地で医学校の創設に尽くし、日本の近代医学の水準を高めたとされる。

 見つかった遺構は、養生所の建物基礎とみられる部分。地表から10センチほど掘り下げた地点で長さ5~6メートル、幅60~90センチの細長い土台が確認された。玉砂利が敷き詰められる形で補強されていて、この上に養生所の壁があったと考えられる。養生所入り口付近にあった石垣も見つかった。

 市は2019年4月に仁田佐古小を開校させ、養生所があった場所には2階建ての体育館棟を建設する計画。展示スペースは体育館棟の1階部分に設け、一般の人も見学できるようにする。広さ約300平方メートルとし、ガラス床などを使って建物基礎の一部をそのままの形で見られるよう工夫するという。石垣も体育館棟内に展示する。

 遺構の保存を求めてきた長崎大の片峰茂学長は「日本の医学界が高い関心を示しており、市はベストな選択をした」と歓迎。田上富久市長は「児童だけでなく、観光客や医学を志す人が養生所の歴史的価値を学べる場にしたい」と話した。

 説明板などの展示方法については今後、古写真をはじめとする史料が残る長崎大と協議する。市は、養生所を市の史跡に指定するため、本年度内にも市文化財審議会に諮問する方針。

=2017/01/12付 西日本新聞朝刊=

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