西海・佐世保両市に温度差 米LCAC夜間訓練 米海軍「制限ない航行目指す」 米海軍「長年の目標」 西海「断じて許せぬ」 [長崎県]

写真を見る
LCACが配備されている米海軍横瀬駐機場=2013年3月
LCACが配備されている米海軍横瀬駐機場=2013年3月
写真を見る
写真を見る

 米海軍横瀬駐機場(西海市)に配備されているホーバークラフト型揚陸艇(LCAC)が7~9日に実施した初の夜間航行訓練。駐機場を抱える西海市は反発を強める一方で、佐世保港の港湾管理者でもある近接する佐世保市は事実上容認の立場をとる。関係する両市の温度差が浮き彫りになる中で、米海軍佐世保基地(佐世保市)は今後の夜間航行を示唆、常態化する可能性もある。

 「佐世保において制限なくLCACを運用することが長年の目標だ」。米海軍佐世保基地は、地元の不安が払拭(ふっしょく)されぬまま3日間にわたり行った夜間航行訓練に関し、西日本新聞の取材にこう強調した。

 1995年、佐世保市崎辺地区の米海軍補助施設に配備されたLCAC。当時から騒音や航行の安全への懸念が住民側から噴出、米側は自主的な運用制限や事前通知に応じてきた。その後、日本政府が約250億円を投じ、同じ佐世保湾内にある西海市の横瀬駐機場へと移転したのは2013年だった。

 米本国を除いて唯一のLCAC専用施設である横瀬駐機場。米側は「部隊の訓練と即応性は米海軍の最優先事項。横瀬にLCACを移転させる日米共同の計画には(制限のない運用という)目標が当初から組み込まれていた」とする。ただ、これまで避けていた形の夜間航行になぜ今回、踏み切ったのか。米軍から明確な返答はなかった。

 LCACの夜間航行に対し、西海市の懸念は根強い。14年には米側が実施を打診したが、市が拒否して見送りになった。昨年9月には、海上自衛隊佐世保地方総監部が海自LCACの整備後の“試運転”を日没後まで行い、反発も起きていた。

 「唐突」だった九州防衛局を通じた10月30日の事前通告以降、同市の杉沢泰彦市長や市議会は再三にわたり抗議。それでも14年のように訓練を防ぐことはできず、市側の怒りと落胆は大きかった。「安全と安心を踏みにじる暴挙。断じて許せない」。杉沢市長は22日、改めて防衛省や外務省に米側への働きかけを求めた。

 強い要請の根拠は、移転を契機に九州防衛局と交わした協定だ。市に直接、米軍と協議する枠組みはなく、今回のようなケースを念頭に、米側との連絡窓口となる防衛局が「夜間、早朝に航行しないよう米軍と調整する」ことを確認していた。しかし、米側が示した結論は「ハイレベルによる決定で変更できない」。日米安保体制の下、防衛局、市の「無力さ」が際立った。

◆佐世保湾の現実と矛盾

 基地をはじめ沿岸部に米軍施設を多く抱える佐世保市の見解は西海市と一線を画す。佐世保市の朝長則男市長は24日の定例会見で「軍がある以上、常識の範囲内での訓練はやむを得ない」との認識を重ねて示した。佐世保港に入港する原子力潜水艦や、基地へ飛来するオスプレイに対してと同様に「安全面への配慮を前提に、基本的に運用には関知しない」との姿勢だ。

 崎辺地区に配備されていた当時、市は「基本的にLCACの運用そのものの中止を求める立場」(市基地読本)だった。同地区の返還は、市基地政策の重要課題と位置付けられてきたが、LCAC施設が移転、15年には返還の日米合意がなされ、“対岸の火事”との指摘もある。

 在日米軍の動向を監視する市民団体「リムピース」の篠崎正人編集委員は「北朝鮮情勢の緊迫化を背景に、反発が抑えられると判断したのではないか」とみる。LCACの佐世保配備から20年余り。米側が「制限のない運用」に一歩踏み出した今、西海、佐世保両市の足並みの乱れは、米軍の拠点を抱える佐世保湾の現実と矛盾をさらけ出しているようにみえる。

【ワードBOX】LCAC

 全長約27メートル、幅約14メートルの水陸両用のホーバークラフト。約90トンの機体を浮上させ、プロペラ2基を推進力に進む。最大速力は時速74キロ。揚陸作戦で人員や戦車などを海上の艦船から陸上へ運ぶ。積載量は60トンで、戦車で1両、人員で約200人を運ぶことができる。米本国以外では西海市の横瀬駐機場が唯一の専用施設。2011年の東日本大震災では救援物資の運搬や人員輸送に活用された。

=2017/11/30付 西日本新聞朝刊=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]