消える「龍馬上陸の地」 島原・船津地区 高潮被害で埋め立てへ 関係者「残してほしい」 [長崎県]

坂本龍馬の「長崎上陸の地」とされる船だまり
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 明治維新の立役者、坂本龍馬の「長崎上陸の地」とされる島原市船津地区の船だまりが、来年度から市が行う埋め立て工事で消えようとしている。工事は有明海の高潮による住宅地の浸水被害を防ぐためだ。今年は明治維新から150年。龍馬については、教科書からの掲載除外を提案する動きがあるだけに、島原の関係者からは「偉人ゆかりの地を残してほしい」との声が聞かれる。

 龍馬は暗殺3年前の1864年、幕府の海軍を率いていた勝海舟に随行して熊本から有明海を渡り島原に到着。島原城下で休息し、島原街道を通って初めて長崎を訪れ、その後の亀山社中、海援隊設立につながったとされる。

 市は2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」に合わせて島原をPRしようと、上陸場所に記念碑を建て、上陸当時に訪れた関所「船番所」跡地に立つ建物には龍馬の紹介スペースを設けた。船津地区外にある龍馬が休息した屋敷の門や、道中にのどを潤したと伝わる井戸などを含め、観光資源として活用してきた。

 だが同地区は海抜が低く、大雨などで船だまりから海水があふれる事態が頻発。台風16号が襲った12年9月には床上浸水74戸、床下浸水182戸の被害が出た。市は水害防止のため、総事業費2億7200万円を投じて約4500平方メートルの船だまりを埋め立て、19年度をめどに多目的広場を造ることにしている。

 龍馬をめぐっては昨年、大学や高校教員約400人による研究グループが、教科書で扱うべき重要用語の案を独自に発表し、龍馬は「知らなくても明治維新は理解できる」として用語案から除外。高知県知事が異論を唱えるなど波紋が広がっている。

 島原市民でつくる顕彰団体「島原龍馬会」の八木国男会長(61)は、船だまりについて「護岸の石垣を残すなど、上陸場所と分かる遺構を残せないか」と話す。一方、市の担当者は「住民の安全のために埋め立てはやむを得ない。住宅密集地であり、新設する公園が避難場所にもなる」と説明。道路拡幅工事のため、今ある記念碑は近くに移すほか、公園内に上陸の地だった歴史を伝える展示を設けることを検討している。

=2018/02/10付 西日本新聞朝刊=

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