熊本地震と記者・この一本に寄せて(4)「生きた証し」伝える

5月14日付本紙朝刊「熊本地震1カ月」特集
5月14日付本紙朝刊「熊本地震1カ月」特集
写真を見る

 厳しい日差しが照りつける中、倒壊した家のがれきを片付けていた男性からの一言を鮮明に覚えている。

 「あんた、手ぶらで来たんか。こんな時、手土産の一つも持ってくるだろ」

 熊本地震から2週間後の4月末、熊本県益城町と西原村で犠牲者の遺族を訪ね歩いていた。被害が激しかった益城町では20人、西原村では5人が亡くなったが、遺族の所在すら分からず、写真も入手できていない犠牲者が何人もいた。

 「そっとしておいて」という遺族に話を聞き「写真を貸してください」とお願いすることには、記者になり8年が過ぎても二の足を踏む。突然命を奪われた人の無念を、きちんと伝えるために-。そう訴えても、なぜ犠牲者の写真をさらすのかと、非難も受ける。

 冒頭の男性は、地震で亡くなった女性の親族だった。取材を拒んだ男性が本当に欲しかったのは、もちろん「手土産」なんかではなかったと思う。自宅が倒壊し母が犠牲となった別の男性は、救助活動の最中に「お母さんの人となりを聞かせてほしい」と言われたという。「マスコミは無神経だ」。男性の悲しみと怒りに返す言葉がなかった。

 一方、兄を亡くした女性も報道各社に不信感を抱いていたが、家に上げてくれた。思い出を語る女性と一緒に涙を流した。「くよくよしてたら、兄さんも浮かばれないね」。地震の恐怖が癒えず家の中でも靴を履いていた女性は、そう言って写真を提供してくれた。

 他に3人の遺族から写真を借りた。だが、ちゃんと遺族に寄り添うことができたか、報道側の「理屈」を押しつけはしなかったか…。これほど、悩み続けた現場はなかった。

 改めて遺族取材や顔写真が必要かと問われれば、必要だと答える。5月14日、「熊本地震1カ月」の朝刊には、当時判明していた犠牲者49人のうち46人の写真が添えられている。ピースサインをする大学生やにっこり笑顔のおばあちゃんの写真を見て、一枚一枚が「生きた証し」であると感じられた。紙面の見出しは「忘れないいつまでも」。読者にも伝わったと信じている。

(鹿児島総局・金子晋輔)

=2016/10/20付 西日本新聞朝刊=

◆好評の西日本新聞アプリ。3ヶ月無料の締め切り迫る。早めの登録がお得です!

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]