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幻の「博多そうめん」 福岡のアマチュア史家が謎を追う

博多そうめんについて集めた資料を広げる松熊功さん
博多そうめんについて集めた資料を広げる松熊功さん
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写真右=「博多索麺」と大きく書かれた冨田家の宣伝用の札。江戸時代、全国の老舗の商標などを集めた「諸国板行帖」から松熊さんが見つけた。写真左=福岡市博物館が保管している「御索麪所」の看板
写真右=「博多索麺」と大きく書かれた冨田家の宣伝用の札。江戸時代、全国の老舗の商標などを集めた「諸国板行帖」から松熊さんが見つけた。写真左=福岡市博物館が保管している「御索麪所」の看板
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 貝原益軒もうなった「極品」

 博多で麺と言えば? 誰もが思い浮かべるのは、全国区になった豚骨スープの「博多ラーメン」、軟らかい麺やトッピングのごぼう天が特徴の「博多うどん」だろう。ところが「明治初めごろまで博多の麺といえば『そうめん』だったんです」と“歴史トリビア”を披露する人物がいた。郷土史研究が趣味という福岡市職員の松熊功さん(53)。その調査から浮かび上がった「博多そうめん」とは。

 松熊さんが休日や昼休みを利用して調査を開始したのは4年前、議会事務局に勤務していた頃のこと。1889(明治22)年の市制施行に際して勃発した、市名は「福岡市」か「博多市」かの大論争に関する文献を探し出したのがきっかけだった。

 論争自体は地元では有名。だが、記録を見ると、博多側の議員が「博多」こそ市名にふさわしいと、ある「名物」を挙げて論陣を張っていた。それが「博多そうめん」。「九州でそうめんといえば島原(長崎)や神埼(佐賀)。博多でなぜ?」。松熊さんの探究心に火が付いた。

 まずはインターネットで調べたが出てこない。ようやくつかんだ手掛かりは、福岡市議会史の一節。貝原益軒編さんの地誌「筑前国続風土記」の土産考からの引用として「他邦(他の地域)に多しといへ共(ども)、博多に製するに及ばず。極品は其細なること縷(いとすじ)のごとく、鮮白にして賞すべし」と記されていた。福岡藩儒学者の益軒は医学や薬学、史学、地理学、教育学、植物学などにも精通した江戸時代の「知の巨人」。博多そうめんは巨人の舌をもうならせていたのだ。

 福岡県立図書館(同市東区)や麺文化に詳しい地元の専門家に取材して調査を進めた松熊さん。博多そうめんが高級品だった傍証も見つかった。福岡藩はそうめんを将軍家に献上したり、相島(福岡県新宮町)に滞在した朝鮮通信使の接待に使ったりしていた。

 とりわけ松熊さんの興味を引いたのが、博多でそうめんを創業したとされる冨田家の歴史。開祖・茂久(菊菴)は糸島地方を治めた原田氏の重臣の次男。安土桃山時代の天正年間に中国で製法を学び、武士の身分を捨てそうめん作りを始めた。江戸時代に入ると、冨田家は黒田家御用製麺所となり「御索麪(めん)所」を掲げた。この看板は、今も福岡市博物館に保管されている。

 冨田家は博多商人として根付き、町民文化にも貢献する。江戸時代の地誌「石城志」にこんな記述がある。菊菴を博多そうめんの祖と紹介した後「其子を菊策、其子を菊淵と云、是(これ)松はやし、兒(ちご)の舞の謡の地言を作りし者なり」。「博多松囃子(ばやし)」(博多どんたくの源流、国選択無形民俗文化財)で稚児舞の謡曲を作ったのだ。また、明治から昭和初期に活躍した日本画家・冨田渓仙(1879~1936)も一族で、その才能は横山大観に「数百年に一度しか現れない画家」と評された。

 冨田家以外にも製麺を営む店が幾つもあり、隆盛を誇った博多そうめん。しかし、明治の廃藩置県で冨田家は「藩御用達」の看板を失い、他の店も次々に廃業していった。博多が衰退した原因は、はっきりとは分からないが「他の産地からの大量流入が考えられる。特に神埼から入ったことで明治末には産業として衰退したようだ」と松熊さんはみている。

 博多そうめんにまつわる謎はまだ多い。「開祖」には諸説有り、製法に関する文献も見つかっていない。「博多の麺文化の源流に迫りたい。何か情報があれば教えてほしい」と松熊さん。アマチュア史家は、今後も息長く探究を続けたいという。連絡は松熊さんのメール(ecca.m63@gmail.com)へ。

 奈良時代に日本伝来か

 そうめんの起源は一般的には中国の「索餅(さくへい)」とされる。全国乾麺協同組合連合会(東京)によると、奈良時代に現在の奈良県に伝わった。小麦粉と米粉を練ってねじったもので、油で揚げて食べた。後に小麦粉に塩と水を加えて、手で延ばす現在の形になった。

 博多には別の説もある。博多織の祖とされる鎌倉時代の博多商人・満田弥三右衛門が南宋でそうめんの製法を学び、日本に持ち帰ったと伝わる。一方、冨田家説もあり、天正年間(1573~92年)に冨田茂久(菊菴)が日本最初の禅寺、聖福寺(福岡市博多区)の僧と一緒に中国に渡り、製法を学んで博多そうめんを始めたとする。

=2017/10/20付 西日本新聞夕刊=

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