2007・記者が振り返る熊本「水俣病新救済策 見えない国の加害責任」
水俣病公式確認から51年目の今年、与党水俣病問題プロジェクトチーム(PT、座長・園田博之衆院議員)の新救済策論議が中心となった。新たな国賠訴訟や行政訴訟も続き、水俣病は半世紀を経てもなお終わっていないことを印象づけた。
「早期に、最終的、全面的解決となる政治救済策を取りまとめる」。園田座長がこう述べたのは7月3日のPT会合後の会見だった。
新救済策は約1万1000人を救済した1995年の政治解決に準じるとしながら、一時金や療養手当は当時よりも減額。現在の新保健手帳申請は新救済策の実施とともに打ち切る考えを示すなど、限定的な内容となっている。
司法解決を求めて、新救済策を拒否してきた水俣病不知火患者会(水俣市)は「国は加害責任をまったく感じていない。安上がりな幕引きだ」と批判。皮肉なことに、国と同じ加害者である原因企業チッソの後藤舜吉会長が「全面解決への展望が見えない」として新救済策受け入れを拒否したのは記憶に新しい。
新救済策はいったい何を目指しているのか。いち早く新救済策を受諾した水俣病被害者芦北の会(津奈木町)の村上喜治会長は「既に何人も高齢の会員が亡くなっている。早期解決こそが一番の願いだ」と訴える。早期解決はもちろんだが、全面解決もまた被害地域の悲願だ。
現在の混迷状況のきっかけになったのは、国と県の被害拡大責任を確定させた2004年10月の関西訴訟最高裁判決だった。これを機に認定申請者や05年に導入された新保健手帳の交付申請者が急増。双方の申請者は計2万人を突破し、なお増え続けている。
その中には95年の政治決着では差別、偏見を恐れて名乗れなかった人が多く含まれる。自身が退職したり、子どもが結婚したりして初めて手を挙げられるようになった被害者たちだ。
95年に合意した被害者団体の1つ水俣病患者連合の高倉史朗事務局長は「95年の失敗を指摘するとしたら、医療手帳申請の道を閉ざしたことだ」と指摘した。現在の被害の広がりは、当時の関係者の想像をはるかに超えている。
95年は善意の第三者だった国と県は、最高裁判決を経て、今は加害者側に立つ。にもかかわらず、PT案には国、県の責任が明示されなかったのはなぜか。釈然としない中でPTは年明けにもチッソを説得、残りの被害者団体の合意を取り付けようとしている。
薬害肝炎の被害者たちは先日、世論の後押しを受けて、首相に一律救済と国の責任明示を決断させた。一方、水俣は市民の冷めた反応が目立つ。水俣病解決へ向けた世論の盛り上がりのなさが、気にかかる。 (水俣支局・中山憲康)
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▼メモ 与党水俣病問題プロジェクトチームは10月、環境省が今春行ったアンケート調査に基づき、一時金150万円、療養手当月額1万円の給付などを柱に、公的診断によって判定する新救済策の内容を発表。PTは被害者主要5団体のうち、2団体と基本合意に至った。しかし、司法救済を求める2団体や「解決の展望が見えない」とする原因企業チッソが新救済策の受け入れを拒否。第2の政治決着と呼ばれる新救済策問題は合意の見通しが立たないまま年を越す。
=2007/12/27付 西日本新聞朝刊=

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