【新年特集】日本一早い始発列車(2) 水害から復旧 希望託す 夜明駅 [大分県]

早朝の夜明駅。地域の住民はさまざまな思いを抱きながら久大線、日田彦山線の全線開通を待っている
早朝の夜明駅。地域の住民はさまざまな思いを抱きながら久大線、日田彦山線の全線開通を待っている
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水害で流れてきた岩を使ったモニュメント(手前)と「夜明桜守の会」メンバーたち。後ろに「夜明の鐘」がある
水害で流れてきた岩を使ったモニュメント(手前)と「夜明桜守の会」メンバーたち。後ろに「夜明の鐘」がある
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地域の小学校にあった鐘を住民が持ち込んだ「夜明の鐘」。静かな響きが訪れる人たちの背中を押してきた
地域の小学校にあった鐘を住民が持ち込んだ「夜明の鐘」。静かな響きが訪れる人たちの背中を押してきた
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夜明駅の駅名板(日田彦山線)
夜明駅の駅名板(日田彦山線)
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 夜明(よあけ)駅-。日田市夜明地区の久大線と日田彦山線の分岐に位置する無人駅は、筑後川を見下ろす高台にある。人生の岐路に差し掛かった人たちが駅を訪れ、その響きに励まされてきた。昨年7月の九州豪雨で二つの線路は被災し、一部で運転見合わせが続く。全線復旧を望む住民も、その名に希望を重ね合わせる。

 駅は1932年、久大線の日田への延伸に伴って置かれた。日田彦山線沿線の宝珠山炭鉱(福岡県東峰村)の労働者、日田へ買い物へ出る客でにぎわい、駅員が10人以上いた時期もあった。義父母が営む駅前の食堂で働いた坂本キワノさん(88)は、駅までよくいなりずしを運んだ。乗客が乗り終わったことを知らせる車掌の「終了!」の声が、今も耳に残っている。

 日田を含む筑後川流域で147人の死者が出た53年の大水害で坂本さんは駅へ避難した。あふれた水は駅へ通じる階段の途中まで迫り、近所の家は数軒流された。「あの怖さは忘れられんですたいね」

 普段は穏やかに流れる筑後川。山に囲まれた駅は情緒にあふれ、81年には映画「男はつらいよ」シリーズの舞台になった。だが炭鉱閉山やモータリゼーションに伴って利用者は減少、80年代には無人駅になった。坂本さんは店で、お守り代わりに切符を求める学校の先生たちに切符を売った。「やっぱり名前がいいですもんね」。かつて店のカウンターだった場所に座り、駅を見上げた。

   ◇   ◇

 筑後川と大肥川が合流する夜明地区は、その後もたびたび水害に見舞われた。2012年の九州北部豪雨では大肥川に巨大な岩が流されてきた。久大線は、うきは(福岡県)-夜明間が寸断。駅に、その岩を使ったモニュメントが、復興を誓う言葉とともに置かれている。作ったのは駅の美化活動を続ける「夜明桜守の会」。訪問者の明るい未来を願う「夜明の鐘」もある。住民の手で、駅はさらにメッセージを発するようになった。

 ホーム脇には、会が植えたアジサイが30株ある。春、さらに50株増やす予定だ。久大線は7月に復旧予定。日田彦山線の復旧時期は見通せないが、桜守の会の有冨宗喜会長(81)の表情は明るい。「二つの路線が全線復旧するころには、立派なアジサイが乗客を楽しませるやろうね」

 駅の待合室に置かれ、旅人が思いを書き連ねる旅ノートには「早期復旧を祈る」「夜明はだいじょうぶ」の記述。「夜明」の響きは来訪者と住民をつなぎ、未来へと目を向けさせる。

=2018/01/01付 西日本新聞 新年特集(大分・日田玖珠)=

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