維新の志継承し未来へ 玄海フォーラム例会 来年の150年事業、知事が講演 [佐賀県]

玄海フォーラムで明治維新150年の事業について話す山口祥義知事
玄海フォーラムで明治維新150年の事業について話す山口祥義知事
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 唐津市で6日開かれた玄海フォーラム(会長・馬渡雅敏松浦通運社長、西日本新聞社主催)の本年度第2回例会は、山口祥義知事が来年の明治維新150年で県が展開する事業を中心に講演した。知事はこの事業をきっかけに自発的な地域づくりへの高まりを期待。「地域がどうあるべきか議論し、県にも提言をいただきたい」と訴えた。

 幕末維新期に、佐賀藩は植民地の拡大を競う欧米列強に対し強烈な危機意識を抱き、西洋の技術をいち早く取り入れて国内初の鉄製大砲を鋳造し、実用蒸気船も建造した。藩校の弘道館を充実させ、後に新たな国家建設を推し進める多様な人材育成を行い、「技」と「人」をつくることで国内で絶大な存在感を誇った。

 唐津藩は明治時代初め、英語学校「耐恒寮」を開校。後に首相となる高橋是清を英語教師として招き、東京駅設計者の辰野金吾や日本人による最初の経済原論を刊行し、早稲田大第2代学長に就任した天野為之ら近代化に貢献した人物を輩出した。

 こうした偉業・偉人を顕彰するため、県は来年3月~2019年1月に「肥前さが幕末維新博覧会」を開催し、佐賀市にメイン館、唐津市、鳥栖市にサテライト館を設置する。

 山口知事は講演で、佐賀藩が薩長土肥の雄藩の一つとして明治維新を推進した歴史がありながら、県内で明治の偉人が知られていない現状に触れた。

 北海道の開拓判官に就き、札幌のまちづくりの指揮を執った島義勇(よしたけ)について「北海道では『判官さま』と呼ばれ、功績が高く評価され、札幌市役所などには銅像があるのに、佐賀には碑があるのみ」と指摘。先人の活躍を大切に受け継ぐことで「必ず未来が開け、前が見えてくる」と述べ、ふるさと納税を活用し佐賀市に銅像を建立する事業にも触れた。

 一方、耐恒寮については唐津藩知事の3倍という月給で高橋を招き、「将来への投資となる素晴らしい取り組みで新しい風を起こした」と語った。ただ、1871(明治4)年に開校した耐恒寮は廃藩置県後、唐津が伊万里県に併合されたのに伴って廃校。高橋による教育は1年余りで終わった。この点について「志が引き継がれることで地域は育っていくが、途絶えてしまうと、そこで終わり。耐恒寮は合併してやめてしまうものだったのか、唐津を考えていくには避けては通れない。いろんなヒントが隠されている」と述べた。

 唐津藩は藩主の養嗣子、小笠原長行(ながみち)が幕末、幕府の老中を務め、戊辰戦争でも北海道・函館まで渡って明治新政府軍と戦った。山口知事は「いろんな立場があったとはいえ、唐津藩と佐賀藩は双子みたいに人と人がつながっている」と指摘し、この事業が県内をより一つにしていく大きな契機になるとの考えを示した。

 出席した唐津市肥前町の畜産会社会長吉井正司さん(63)は「明治維新150年を機に地域の歴史を掘り起こし、未来への財産として語り継いでいきたい」と話した。

=2017/09/14付 西日本新聞朝刊=

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