南阿蘇村の避難所状況(熊本地震)

熊本県南阿蘇村の避難所で、西日本新聞の記者が取材した状況は次の通り。

■村役場

【仮設住宅は99戸着工】(5月17日)

 会見などの主な内容は次の通り。

 ・仮設住宅の着工数は99戸。12日時点の「176戸」は、避難所で実施した大まかな意向調査の数字であり、全体を把握したものとは違う。99戸は、少なくとも必要と判断した数。最終的な建設戸数は、罹災証明書の発行後、仮設入居の募集をかけるときの応募数(倍率)を見て判断する。

 仮設入居の募集は、罹災証明書の発行後、遅くない時期に。6月にはならないと思う。既に着工した場所以外の建設場所は、調整中。

 ・2次避難所の募集は17日に用紙を配布し、18~20日に受け付け。場所は休暇村南阿蘇(70世帯)と阿蘇ファームランド(約1000世帯)。希望はすべて賄えると思う。

 

【始業前に黙とう】(5月16日)

 久木野庁舎では、始業前の午前8時に村職員や応援の他県職員ら約50人が犠牲者の冥福を祈って黙とう。村の防災無線でも同時刻にサイレンを鳴らして、黙とうを呼び掛けた。村では依然約500人が避難所で暮らしており、罹災証明書の発行や仮設住宅の建設が喫緊の課題。市原一生副村長は「犠牲者、被災者の皆さんに心からお悔やみを申し上げる。多くの自治体から支援をいただいて、それなりにレールが敷かれつつある。2次避難や仮設住宅建設を進めていかねばならない」と話した。

【罹災証明書発行は20日以降】(5月11日)

 会見の主な内容は次の通り。 

 ・罹災証明書の発行開始は20日以降になる。震災被害が比較的大きかった地域から発行する。 

 ・避難所数は10日の10カ所から再び8カ所に戻った。11日に避難指示を避難勧告に引き下げたことで、避難者数が10日午後6時の858人から11日正午は440人に減った。10日に再開した白水小体育館と下野公民館の避難者数が0人になったので再び閉めた。 

 ・県は仮設住宅を大津町岩坂に建設すると発表した。入居希望者の受け付けは村がやる。入居条件や選定方法は決まっていない。募集開始時期も未定。 

 

【避難指示を勧告に引き下げ】(5月11日)

 ・午前8時、大雨の可能性が低くなったとして、中松二区などに出していた避難指示を避難勧告に引き下げた。山や崖には近づかないように呼び掛けている。

 ・11日(午前6時時点)の避難者数は9日(午後6時時点)に比べて白水中体育館を中心に200人以上増加し、計816人だった。

 

【大雨で3地区に避難指示】(5月10日)

 主な会見内容は次の通り。 

 ・水道の一部断水は1055世帯(前日比295減、10日午後5時現在)。多くは黒川地区で復旧した。工事の関係で取水制限していたのが解除されたため。全てではく、あくまでも一部。 立野地区はまだ。

 ・今日午前10時50分、河陽、長野、立野3地区に避難指示。閉鎖していた2避難所(白水小体育館・下野公民館)を利用可能にし、10カ所で対応。対象は2000世帯4694人だが、何人が避難したかはまだ把握できていない。現時点では指示を解除していない。大雨警報が解除されても、同時に解除されるものではないが夜間解除はない。避難指示は予防的避難なので、食事などの手当は自分でしてもらうことになる。長引いた場合は考えなければならない。

 ・現時点での被害は報告上がってきていない。特に警戒しているのは、立野の裏山。計器を立野病院に設置したので、観測は可能となっている。2ミリ動けば通報が来る仕組み。

 

【10日、村の仮設第1号着工】(5月9日)

 午後の主な会見内容は次の通り。

 ・10日、長陽運動公園(南阿蘇村河陽4320-1)グラウンドに56戸分の仮設住宅を着工する。村の第1号仮設住宅。6月中旬完成見込み。最終的な仮設住宅の戸数は未定。

 ・住宅再建に関する意向調査の結果速報値を公表した。村内3700世帯のうち507世帯から回答を回収。

 ①被災当時の住宅所有状況=持ち家441世帯(87%)、借家66世帯(13%)

 ②今後の住宅についての希望状況=みなし仮設住宅85(16.8%)、プレハブ仮設住宅171(33.7%)、修理などにより自宅に戻りたい244(48.1%)、既に新しい住まい(村外を含む)に移住7(1.4%)、合計=507件

 ③この調査はニーズを把握するためのもので、仮設住宅の申し込みは別に行う。

 

【ふるさと納税に感謝】(5月2日)

午後の主な会見内容は次の通り。

・ふるさと納税は・4月17~30日で、約1億3800万円集まった。災害復旧に充てる方針。災害支援金ということでふるさと納税してもらったため、返礼品はない。「村の歴史でこれほどの寄付はない。非常にありがたい。皆さんの気持ちをくみ取って復興を目指して頑張っていきたい」。一昨年は157万7000円(2014年度1年間)。昨年は4~9月で15万4千円だった。

・県道298と299を結ぶ道路は2日開通予定。バス(定期便ではない)を走らせて試験運転する。この道路は災害前から使われていなかったが、今回の地震を受けて通すようにした。

 

【仮設候補地はグリーンピア】(4月30日)

午後の長野敏也村長の主な会見内容は次の通り。

・水道の復旧率は60%くらい。少しずつ復旧しているが、これからは状態が厳しい水源地が多い。復旧には長い日時を要するのではないか。

・仮設住宅建設について、住宅ニーズ調査を5月2~4日に実施するため、それを基に県と相談して進めている。ただ、立野地区は仮設住宅建設に安全な場所がなかなかない。そのため、大津町に建てられないか、土地の協力要請をしている。大津町からは全面協力すると言われている。仮設住宅は立野地区用と、阿蘇大橋の東側とで分けて建設することを検討している。東側は村役場の上のグリーンピア南阿蘇。ここは電気や水道の心配がない。ここでできないか県と協議中。

 

【村内の電気はおおむね復旧】(4月29日)

 午後の主な会見内容は次の通り。

 ・罹災証明書の発行に必要な家屋の被害認定調査を始めた。申請受け付け数は501件(前日比111件増)。 

 ・応急危険度判定の累計は1321件に。赤=立ち入り禁止650件、黄色=十分注意する329件、緑=立ち入り可能342件。 

 ・今のところ、県外からのボランティアは受け入れていない。5月の連休明けに県外ボランティアの受け入れを検討する。 

 ・28日に発電機車を取り外し、通常送電を再開。村内の電気はおおむね復旧。 

 ・下野(高野台)から長陽に向けた村道が5月上旬に開通予定。  

 ・5月9日から学校再開。立野は除き、ほかの地域ではスクールバスが可能となるはず。立野は大津町の学校の空き教室を借りて、先生も通って教えるか、転入手続きを取るか、南阿蘇に通わせるか、いろんなニーズがあると思うので教育委員会で協議中。 

 

【避難所で天井の一部落下、けが人なし】(4月28日)

 午後の主な会見内容は次の通り。

 ・罹災証明書の申請数が27日午後5時現在で390件、被災証明書の発行数が300件。罹災証明書発行の基になる住宅被害認定調査はまだ着手していない。

 ・仮設住宅の建設は候補地を選定中。みなし仮設は、候補となるアパートなどが損壊していて、探すのがなかなか難しい。希望は来ていない。仮設住宅建設は立野地区は難しい。水がきていないから。

 ・小中学校の再開は5月9日から。

 ・避難者は691人(28日午前8時現在)前日比90人減。

 ・28日午前6時ごろ、避難所の久木野総合センターで天井の一部である木製のパネルが落下。下に被災者がいたが、けが人はなかった。安全のため、総合センターを28日午後5時に閉鎖し、久木野総合福祉センターに移動してもらう。パネルは長さ2㍍弱、幅30㌢程度。原因は雨漏りとみられる。

 ・応急危険度判定は、27日午後5時時点で1002件が終了(全部で2千数百件のうち)。内訳は赤が504件、黄230件、緑268件。

 

【雨による土砂崩れなど確認されず】(4月27日)

 午前の会見によると、雨による新たな土砂崩れなど地形の変化については確認されていない。避難指示、避難勧告については、先日は120ミリの降雨で、今回は60ミリ程度と聞いているので、今のところ検討していない。

 

【電気はおおむね復旧】(4月25日)

 午後の主な会見内容は次の通り。 

 電気については電源車と通常送電によりおおむね復旧した。落石や崩壊の危険性がなく立ち入り可能な場所については27日までに架線工事がほぼ終了予定。28日から順次送電を再開する予定だが、通常通電になるには2~3日を要する見込み。

 

【罹災証明書の申請受け付け始まる】(4月25日)

 久木野庁舎で住民サービスに関する通常業務を再開。住民票などは発行できるが、罹災証明書は受け付けのみ。大学2年の長男(20)の授業料免除を受けるため、被災証明書と罹災証明書の申請に訪れた農業男性(53)は「自宅は外観はさほど被害を受けているように見えないが、柱や梁が曲がっている」と話す。罹災証明署は後日発行となるが、被災証明書や所得証明などは受け取れたため、長男を通じて大学に提出するという。

 

【29日に村道が復旧へ】(4月24日)

午後の主な会見内容は次の通り。

・午後1時半から2時に南阿蘇中体育館で感染症対策のため消毒を実施。
・昨日から福祉避難所として温泉施設2カ所を設置した。
・塩井社水源が枯渇したので断水世帯が1617世帯に増えた。くみ上げすぎとかが理由ではない。なぜ枯渇したのかは不明。
・村道の復旧作業を進めている。29日に復旧予定。完成すれば阿蘇方面に行きやすくなる。

 

【避難者数は902人に】(4月24日)

午前の主な会見内容は次の通り。

・南阿蘇村の避難者数は24日午前8時現在で902人。
・南阿蘇中体育館で発生したノロウイルスとみられる患者25人のうち、22人は2歳から87歳。残り3人はカルテ確認できていない。
・南阿蘇中体育館から避難者たちが移動することは村が見合わせている。避難者たちも体育館内で「自治組織」を結成しており、ノロウイルス発生によって組織に関わる人たちがばらばらにならないほうがよいと判断した。
・村役場は電算処理巣ステムも稼働し、通常の住民サービスは可能。ただ罹災証明書の発行はまだできない。

 

【ノロウイルスの疑い36人】(4月23日)

 午前の会見によると、南阿蘇中体育館(避難所)でノロウイルスの疑いが36人。30人は病院搬送し、6人は施設内で隔離している。全員が避難者。一昨日以降に発症した。下痢や嘔吐の症状。24時間体制でトイレの監視をしている(断水で水が出ないと、ひしゃくやバケツで水を使って流したりしており、その影響かも)医療チームは常駐している。

 

【復旧には10年必要ではないか】(4月22日)

 午後2時、長野敏也村長が会見。要旨は次の通り。

 村の生活面、産業面に大打撃。復旧して以前のような形で動くには10年必要ではないかと思う。各方面の支援に感謝し「南阿蘇村に笑顔が戻ることを信じて復旧に頑張っていきたい」。倒壊の家屋の数え方、現時点で400~500だが、状況こまめに見ると、全半壊は1000戸程度に上るのではないか。家屋はきょうから状況調査を始めた。大分から職員の協力を得たが、調べられるのは1日100軒程度。相当時間がかかる。水道は水源地の崩壊が激しい(会見後に村幹部が軌道修正。水源地自体は無事で、水をくみ上げるポンプが断水したという認識で言ったとみられる)。現時点で60%復旧だが、全くめどが立たないところもある。全面復旧にはきょうから1週間程度。電気は電源車が出て、不安定な状況だが60~70%復旧したとみられる。

 避難所は当初の21カ所から現在は11カ所、約1600人が避難。阿蘇大橋の崩落で寸断され、大津町方面に避難した人の対応は、大津町と協議中。小学校についても教育委員会と協議する。休校は5月6日までは継続。村の全職員150人が避難所対応や災害対策に当たっている。ボランティアや応援の自治体職員を受け入れてそのような業務をお願いし、村の職員が生活支援などの行政業務に当たれるよう協力を求めたい。

 

【避難指示を避難勧告に引き下げ】(4月22日)

 正午すぎ、村内の2000世帯、4694人に対する避難指示を避難勧告に引き下げた。雨が上がり余震も落ち着いているため。住民側から「一時帰宅したい」との要望もあった。明日も雨の予報があり、また避難指示に引き上げる可能性もある。

 

【捜索の再開は消防庁の調査次第】(4月22日)

 午前10時、記者会見の主な内容は下記の通り。

 「死者行方不明者については捜索が再開されていないので、死者14人、行方不明は2人のまま」「捜索の再開については、消防庁のヘリが現場の写真とかを撮影して、東京の専門機関に送り、こちらの方に10時すぎ、調査結果の説明があると思う。その結果次第で、今出されている避難指示をどうするのか、救助活動の再開ができるのかの判断をする」

 

【避難指示と避難勧告】(4月21日)

 南阿蘇村は 沢津野区、立野駅区(88世帯)に避難指示を発令しました。

 http://crisis.yahoo.co.jp/evacuation/43/

 

【ボランティアセンターを開設】(4月20日)

 午前、村役場総務課によると、ボランティアセンターを久木野の福祉センターに開設した。まだ電話が設置されていない状況だが、今後広報活動などを通して受け入れを進める。

 

■みなみあそ村観光協会

【観光案内所は25日に営業再開】(4月22日)

 事務局によると、協会加盟の宿泊施設や飲食店など約150施設に被害の状況を確認してきたが、被害の大きかった地域の会員には電話がつながらず、22日午前の時点でおよそ半分の会員と連絡がとれていない。連絡が取れても建物の状況など把握できていないことが少なくないという。協会事務局が置かれた南阿蘇村観光案内所は25日に営業再開する予定だが、担当者は「観光へのダメージはかなりあると思う」と険しい表情を浮かべる。トロッコ列車が観光客に人気の南阿蘇鉄道(南阿蘇村―高森町間、約18キロ区間)は14日の地震を受けて同日の最終列車から運行を休止している。16日の本震では、南阿蘇村内の線路でレールが曲がるなど「甚大な被害が出た」(担当者)。今後はトンネルや鉄橋などの被害状況の調査を進める予定だが、担当者は「再開のめどは立っていない。ゴールデンウイークにはトロッコ列車にたくさんの予約が入っていたのに・・・」と話す。

 温泉やドーム型の宿泊施設などがある観光施設「阿蘇ファームランド」も16日から営業休止となっている。22日時点でもファームランド付近の道路は亀裂が入ったり、盛り上がったりした状態のままだ。 現在、施設内でも復旧に向けた作業が続いているが、具体的な営業再開の時期は決まっていない。支配人は「1日も早く営業が再開できるよう全力で作業を進めたい」と強調した。

 

■南阿蘇西小学校

【不便ないが風呂だけは入れない】(4月19日)

 川後田地区の住民など約150人が避難している。ごみはきちんと分別されて袋に入れ、体育館前に。18日に初めて収集車が来て持っていったといい、たまってはいない。 グラウンドには、自衛隊がテント式の簡易トイレを10基、18日から設置。袋に用を足して結んで捨てる形式。それまでは体育館外の水洗トイレを使用。住民が湧水地からわき水をくんできてバケツで流した。

 避難している人たちによると、特に不便はないとのこと。寒暖の差でかぜの症状が出るものもいるが、医療ボランティアチームが1日1回、チェックしてくれる。

 地区の会社員男性(39)は「ここは規模も大きくないし、集落みんなが顔見知りで協力して湧水地に水をくみに行ったり食事を作ったりといろいろしている。自衛隊やボランティアも親身になっていろいろやってくれる。規模が大きい避難所の方がかえって不便ではないか。一番不便なのは風呂。1回目の地震以降一度も入れてない人も多い」と話した。

 

■長陽庁舎駐車場

【エコノミークラス症候群が心配】(4月19日)

 南阿蘇村長陽庁舎の駐車場で車中泊している女性(58)の夫(60)は、2014年に心筋梗塞をおこして3回手術した。しかし、犬を2匹連れているので、避難所に入れない状態。「犬だけ置いておくと地震でパニックになるから、私か夫かが必ずついていなければならない。夜は夫が車中で、私が避難所で寝ている。夫は昼も夜も車にいるような状態。最近やっと元気になったところなのに、こんな生活でエコノミークラス症候群にならないか心配。なるべく体を動かすように言っているけど。車中は冷気がひどい。エンジンはガソリンが減るためつけられない。寝袋に毛布4枚をかけてようやく寝付ける」と話した。

 

■中松一区公民館

【支援物資は全く来ない】(4月18日)

 民生委員(72)によると、14日の地震以降、50人ほどの地区住民が避難している。指定避難所は村役場白水庁舎。家も近く、ここは岩盤が丈夫で安全なので、みんなが寝泊まりしている。よその人と交わりたくないし、知っている人たちばかりなので気楽。台風のときも豪雨のときもここで集まるのがいつものこと。それぞれ家から食べられるものを持ち寄って分け合っている。

 指定ではないので食糧など支援物資はまったく来ていない。逆に、ここでつくったおにぎりを大きな避難所に提供している。役場の人も被災者で忙しいのは分かるが、小さな公民館で避難している人にも支援してほしい。

 

■白水庁舎

【食糧も物資も人手も足りない】(4月18日)

 高齢者多く、大人は消防団。約250人が避難。これから300人くらいに増えそう。地元の高校生、大学生らが避難所を切り盛りしている。

 必要な物資は「食料、タオル、紙コップ、割り箸、綿棒、おむつ、ミルク、離乳食、お尻ふき、制汗剤、体ふき、乾電池、カセットコンロ、毛布、爪切り」

 専門学校に通う女性(18)は15日朝から避難所で活動している。「18日午前は高齢者が多い。親世代の男性は消防団に出ている人が多く、若くて動ける人がいないので、自分たちでやるしかないとなった。地区に住む高校生や大学生、専門学校生が5人くらいで始め、今は計20人くらい。夜は自宅に帰る人もいるが、自分は15日から泊まり込み。夜は寒いが外に出る人もおり、庁舎玄関ドアの開け閉めなどをしている。ほとんど寝ていない。作業に集中していると、気が紛れる。小さな地震の揺れは感じないほど。」

 「食糧も物資も足りない。ほとんど炊きだしで賄っている。今朝は小さなおにぎり1個と近くで採れたアスパラとトマト。はしがないので苦労している。水はくみにいけばあるが、車も力もいる。安定供給にはほど遠い。トイレはポリタンクに入れた水で流している。人手も不足している。特に看護師や介護士など専門職の人。自分たちでは限界がある。」

 「父親はトラック運転手で、支援物資をあちこちに運んでいる。兄は航空自衛官で芦屋にいる。自分も何かできることしないとと思っている。自宅はぐちゃぐちゃになったがそれほど被害はなく、母、祖父、姉は自宅で寝泊まりしている。避難所は本来は役場庁舎で、全然快適ではない。毛布を床に敷いてその上に寝ている。どうすれば少しでも快適になるか工夫している。必要な物資を避難者に聞き取り、紙にまとめて玄関に張り出している。『必要な物資』『医療情報』『環境情報』『求めていること』など。支援の呼び掛けはツイッターとフェイスブックを通してやっている。知人が福岡県久留米市から食糧を届けてくれたりした。」

 

■久木野総合福祉センター

【すぐそばに天井板が落ちた】(4月28日)

 16日から避難している女性(74)は「今朝、センターの天井の板がはがれて、私のすぐそばに落ちてきた。すごく危なかった。あと数メートル横にいたら直撃していた。これも地震の影響かなと思った」と話した。村からは久木野総合福祉センターに移動するよう言われたが、総合福祉センターは人が多く、避難所生活はもう疲れたという。「だから今日は自宅に帰る。自宅はまだ応急危険度判定の調査員が来なくて、どのくらい危ないか分からないけど。壁がはがれて部屋の中はめちゃくちゃだけど、ゆっくり寝たい。余震が来たら、もう仕方がない、という思いでいる」

 

【看護師、介護士の応援を早く】(4月18日)

 南阿蘇村社会福祉協議会事務局次長(55)によると、18日朝現在で約200人が避難。デイサービスや訪問介護の拠点になっており、ベッドなどの設備は体育館の避難所に比べればまだ良好。17日までは地元の婦人会などが備蓄の食材で炊きだしをして、なんとか賄った。体育館の避難所よりまだましなので、支援物資はそちらへ優先的に回してもらうようにしていた。

 18日朝から支援物資のパンなどを配った。「いつまで続くのか…。みんなでがんばっていくしかない」。ただ、看護師、介護士が疲弊し、住民がカバーしている状況なので、看護師、介護士の応援が早期に必要。必要なものは、生理用品、おむつ(民間から届いているがサイズが偏っている。S~Lまで幅広く欲しい)、ミルク、離乳食、歯ブラシ、口をゆすぐもの。

 看護師の女性(50)は「看護・介護が必要な人は30人くらい。ここは設備がいいので、よその体育館などに避難していた人も移ってきておりさらに増えそう」。高血圧、糖尿病、不整脈、心筋梗塞などの持病がある人たちで、看護師2人、介護士5人で24時間回している。夜中もトイレに付き添い、水が流れないのでためた水を使って詰まらないようにしている。

 2時間交代で仮眠を取りながら対応しているが、3日間ほとんど寝ていない。自分の家もぐちゃぐちゃで母も避難している。閉鎖された立野病院の看護師2人が、18日中にこちらに応援に来てくれるらしい。それでも、これからは避難生活のストレスなどで持病が悪化しないか心配があり、ケアする人が増えればこちらも倒れる人が出てきそう。

 「マンパワーが全く足りない。看護師や介護士など資格を持った人の応援ができるだけ早くほしい」

 

■長陽中体育館

【洗濯を早くしたい】(4月22日)

 50代の夫婦は「一番の問題はこれから住むところ。まだ仮設住宅は先になるだろうから。当面でもっとも困っているのは洗濯。自宅から衣類は取り出せたが、洗濯できずにたまった衣類の置き場がない。もう着るものがない。避難所は食事は十分すぎるくらいある。風呂もある。でも、風呂上がりに何日も着た服を着るのは気持ちが悪い。洗濯さえできればなんとかなるが」と話した。

 

【若い力で高齢者を助ける】(4月18日)

 約600人が身を寄せる長陽中学校の体育館では、長陽中出身の高校生約15人を中心に若い世代が高齢者のトイレの介助や炊き出しの手伝いに駆け回る。

 停電した15日深夜、多くのお年寄りがトイレに目を覚ましたが、避難所に明かりはなくおぼつかない足どりだった。

 熊本農業高校2年の生徒ら長陽中の卒業生たちは、トイレに立つお年寄りを見かけると声をかけ、スマホで足元を照らしながら体を支えてトイレまで誘導した。断水しているため、用を足した後は給水車からバケツに汲んだ水で流すのを手伝った。「50メートルの距離が、高齢者にはきついはず。若い自分たちが人のために動かないと」

 お年寄りの数も多く、初日は午後10時から翌朝5時までほとんど睡眠を取れなかったという。それでも「ありがとうと喜ばれるとうれしい。これからもできる範囲でみんなで協力し合いたい」と話す。

 

■南阿蘇中学校体育館

【一番の心配は感染症】(4月20日)

 午前8時の時点で約400人が避難。ボランティアとして働く被災者の女性(59)は感染症を心配している。断水が続き、トイレの後に消毒ジェルだけで手が洗えなかったり、きれいではない水で顔を洗ったりと、衛生的でない状態が続いた。役場の職員や村の消防団が農業用水池からくんできた水をバケツで流してトイレを流しており、足元がびちゃびちゃになったり完全に流れなかったりしていた。19日の夜遅くに水が出るようになってきて、水回り関係は少し改善した。

 今一番心配なのは、ノロウイルスなどの感染症。消毒ジェルやウェットティッシュなどの利用を呼び掛けたり、ボランティアもこまめにアルコールスプレーで服を消毒するなどすごく気を使っている。避難が長引き、気分が悪くなったり体調を崩す人も増えている。衛生面もだが、個人のプライベートが保てるような空間づくりも気にしたい。

 

【着替えと情報が欲しい】(4月18日)

 避難中の女性(65)は「明日、明後日くらいは風呂には入れそうということだが、着替えがない」と話す。「自宅へ向かう道路が、土砂で完全にふさがれている。情報があまり入ってこない。被災者が一番何も知らないのではないか。東海大の学生寮の近くの空き地で、2回目の揺れのあと、夜を明かした。でも、近くで寮の崩壊があったとは知らなかった。今朝、初めて避難所に新聞が張られた。それでやっと被害のことが分かった。それまでは、近所の人から噂で伝え聞いただけで、すぐ近くで土砂崩れ、行方不明などがあったとは分からなかった。情報収集は昨日から通じる電話で、関西にいる娘から教えてもらうのと、新聞だけ。避難所の生活は、近所の顔見知りなのでそんなに気にならない。阪神・淡路大震災を経験したが、近くの池から水をくんでトイレが流せるし、3食最初から食べられている。不安なことは着替えと情報ぐらい。」

 

【今日はおにぎり1つだった】(4月17日)

南阿蘇中学校体育館には約500人が避難中。自宅が損壊した75歳男性は「今日、支給されたのは、おにぎり一つだけ。水の支給はない。もらえるだけでありがたいのでぜいたくは言えないが、正直言ってこの先の避難生活が不安。安倍総理に伝えてほしい」と話した。

 

■東海大学阿蘇キャンパス

【避難所を閉鎖】(4月19日)

 南阿蘇村東海大キャンパスの避難所は19日で閉鎖。午後4時ごろ、10人くらいの東海大学生が実家に戻るため、避難所の人たちに「ありがとうございました、無事でいてください」とあいさつして回っていた。

 頭に「隊長」と書かれたタオルをまいていた4年生の男子学生(22)は、下宿先の夫妻と握手、互いに目に涙を浮かべていた。夫妻は「できることなら握手した手を離したくなかったが、若い子に何かあったら大変、嫌だけれども帰ってもらわないといけない」。避難者の新しい避難先は旧西部体育館。老朽化が著しく、安全性にも懸念がある。「大学の施設はこれ以上使えない。仮設の住居ができると安心だが…」と夫妻は話した。

 

【水、電気、情報が不足】(4月17日)

 避難場所の体育館近くにいた東海大2年の女性(19)は「電波が届いてほしい、両親に連絡を取りたいがとれない。自分が安全ということを伝えるために、電話が使える場所(電波が通じる場所)を探して歩いています。どの道が通れるかの情報も欲しい」と話しながら、崩れたアパートの前を通りかかり、涙を流した。

 電話をし終えて戻ってきた東海大1年の男性(19)は「余震が怖くてあまり眠れなかった。20分かけて電波が届く場所に行って、避難して初めて親に連絡できた。
僕は生きてるよと報告した」「避難場所で足りない物は水、電気、情報」と話した。
午後になり、東海大本校から物資が大量に届いた。

 4トントラックで。仮設トイレ、水、発電機などもろもろ。食料、毛布がかなりある状態になった。午後6時現在、学生203人、地域住民113人、大学職員10人が避難している。

 

■特別養護老人ホーム「水生苑(すいせいえん)」

【食料、おむつ、人手が不足】(4月17日)

 施設長(58)によると、入所者は約50人。16日の地震で電気と水が止まっている。電話もつながりにくい。情報源はラジオのみ。食料は3日分備蓄しているが、底をつく可能性があるので、昨日から1日2食に減らした。

 南阿蘇村役場に支援をお願いしたが、避難者が多すぎて「自分たちでどうにかして下さい」と言われ、往復100キロかけて買い物に行った。カップ麺、缶詰、紙コップ、割り箸、梅干し、味噌などを買った。電気がないので、生ものは買えない。しばらくは毎日買い物に行かなければいけないかもしれない。

 トイレも流せないので、簡易トイレに用を足して、施設の周りに穴を掘って捨てている。おむつも3日分くらいしか備蓄がなく、不足している。

 簡易用自家発電機があるため、事務所、厨房、複数人のいる大部屋など最低限の部屋だけは電気をつけて業務を続けている。ただ、発電機の燃料や買い出しようの車両に使う軽油、ガソリンが近くに売っていないので、入手困難。それでも、個室は電気がつかないので、おむつを暗闇で替えるのが大変。施設内には認知症の人もいて、通常はベッドから起き上がったら反応するセンサーを20床に設置しているが、停電では全く感知せず見守りが難しくなった。

 

■南阿蘇村河陰堀渡地区の公民館

【役場から物資は全く来ない】(4月17日)

 地区婦人部会代表の女性(69)によると、堀渡地区は30数件の集落で、避難場所である福祉センターは満員だったため、近くの公民館で自活している。なので、役場から物資は全くこない。役場に物資が届いているかどうかも分からない。プロパンガスが使えるので、各自食材を持ち寄ってなんとか生活しているが、食材は数日で無くなりそうだ。

 買い出しにも行きたいが、小国のスーパーは開いていても食糧は売っていない。熊本市内には橋の崩落でかなり回り道しなければならず、ガソリンもない。ガソリンは消防団が代表して買いに行っている。

 早く支援物資を届けてほしい。せめて、発電機を持ってきてほしいと役場に言っているが、それもない。

=西日本新聞=

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