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熊本市中央区の避難所状況(熊本地震)

熊本市中央区の避難所で、西日本新聞の記者が取材した状況は次の通り。

■市総合体育館・青年会館

【炊き出し終了は困る】(5月10日)

 自衛隊による炊き出しが本日終了する。午前11時と午後5時の1日2回、炊きあがった白米約20キロ分を避難所の職員でラップに包んで配布していた。県が炊き出し中止にしたらしいが、詳しい理由はわかっていない。避難者への炊き出し終了の告知は正午時点でまだしていない。明日からどうするか、はまだ未定。 

 今日から試験的にシャワー室の利用を開始する。男8女9のシャワーが利用でき、整理券を配布して午後2時から午後4時までに使ってもらう。今日は、長い間お風呂に入れていない人を優先的にする。仕事で外に出ている人も多いので、その人たちが使えるような時間帯の利用方法を検討しなければいけない。 

 16日から妻(67)と避難する男性(78)は「食事は炊き出しの白米が中心。缶詰だと塩分が高く、満足なおかずもないので白米にふりかけをかけて食べるのがほとんど。炊き出しがなくなったら困る。タクシーで往復2000円かかる自宅に行って炊飯器で米をたくしかない。心不全と糖尿病を患っているので、何でも食べられるというわけじゃなく、つらい」と話した。 

 

【避難者を乗せたバスが到着】(5月8日)

 市総合体育館・青年会館には8日午前9時半ごろ、東区の東野中から移ってくる避難者を乗せたバスが到着。館内にはすでに、自家用車などで来た避難者もいた。午前10時、受付開始。避難者は市職員やボランティアの案内を受け、指定された区画に向かった。

 自宅が損壊し、東野中に避難していた女性(63)は段ボールで囲われた自分の区画を見て「圧迫感があり、ちょっといや。東野中は仕切りがなく、近くの人の顔が見えた。知った人と一緒にいたかったので、できれば移動したくなかった」と話した。「前震」があった14日から避難生活を続けており、「また一からのスタートはきつい。早く安心できる住まいを見つけたい」。

 大工の男性(60)は「安心した。前の避難所は仕切りがなく、周りの視線が気になった。自宅近くの桜木東小に避難していたが、意向調査で総合体育館への移動を希望した。子どもがいないので、校区内に住む必要もない。できれば交通の便が良いところに移りたかった。ここで気持ちを切り替えて再スタート。落ち着いたら家を探したい」と話した。

 

■桜山中学校体育館

【授業再開を見越して移動を】(4月30日)

 避難生活する女性(39)は中学校の授業再開を見越して、市男女共同参画センター前で順番待ちしていた。

 「授業が始まりそうなので、教育機関ではないところに移動しようと思ってきた。ここは仕切りがあってプライベート空間があるということだからいいと思った。避難所は最初はよかったけど、日がたつに連れて、度を超えて生活に干渉してくる人が出てくる。噂話を聞こえるように言うのもストレスになっていた。普段もそんなに近所づきあいがあるわけではなかった。最近は背を向けて生活をしていた。どうしても、年功序列になるから、あれこれ指示されるのも困った。すごく勉強になることもあるけど、ずっと見られている空間はきつかった。かといって、家に帰るのも不安。職場も休業が続いていて、この先が不安」と話した。

 

■区役所大江出張所

【若い人からいなくなる】(4月30日)

 大江出張所に避難している女性(64)の自宅は「赤紙」が貼られている。1人暮らしで身寄りはない。

 「避難所は若い人から先にどんどんいなくなっている。残っているのは私のような高齢者ばかり。新しい住まいを探そうとしても、先に情報を知るのは若い人。年輩の人が増えて、長くいればいるほど、避難所で仕切る人が出てくる。隣にダウン症の子どもを1人で見ている母親がいるけど、夜中に声を上げると校庭にすぐ出て行ってあやしている。それを、目に見えて不快感を示す人もいる。私は今はとにかく、居場所があればどこでもいい。この先どうなるか何も分からないから。父さんと一緒に逝っておけばよかったとさえ思う」と話した。

 

■白川小学校

【暑くなって体調崩さないか不安】(4月26日)

 南阿蘇村から避難している女性(72)は「蒸し暑くなってきてお風呂になかなか入れないのが不安」という。開いている銭湯に行く人もいるが、行けない人もいる。「衛生面などはボランティアの方などがしっかり管理してくれているみたいだから不安ではない。でも、だいぶ疲れが出てきているから、暑くなることで熱が出たりとか体調を崩さないかが心配」と話した。

 

■帯山西小学校

【紙筒を使った簡易個室を設置】(4月24日)

 約200人(23日現在)が避難する帯山西小体育館に24日、パイプ状に加工した紙筒を資材とする「簡易個室」が設置された。「紙の建築」で国内外の被災地を支援している世界的建築家の坂茂(ばんしげる)さん(58)=東京都=が熊本、大分両県を巡り、ノウハウを伝授している。間仕切りは東日本大震災でも50カ所に1800ユニット(1ユニットは2メートル×2メートル)設置された。

 

■一新小学校

【ラジオ体操スタート】(4月22日)

 熊本市中心部の住宅街にある一新小学校は、今なお体育館や廊下に毛布を敷き、避難生活を続ける住民たちが身を寄せている。「1、2、3、4」。午前7時、校内放送でラジオ体操の放送が始まると、避難者たちは一斉に立ち上がり、大きく手を振り、背筋を伸ばした。エコノミークラス症候群を防ぐため、21日朝からスタートした。ラジオ体操を終え、炊き出しのおにぎりをほおばると、避難者たちは自宅の片付けや仕事に向かった。教頭によると、避難者は16日の本震直後のピーク時で約1400人。電気や水道が復旧し、自宅に戻る人も増え始め、現在は600人余りが夜を過ごしているという。

 

■熊本学園大学

【社会福祉学部生が避難者をケア】(4月22日)

 校舎の一部が避難所となっている熊本学園大(熊本市中央区大江)では、高齢者や身体障害者向けの専用スペースを確保し、社会福祉学部の学生が避難者のケアに当たっている。学生たちは「資格をまだ持っていなくても、できることをして(避難者の)疲れをほぐしたい」と、声掛けや生活介助に努める。

 16日未明の本震直後、近隣の車椅子利用者や高齢者が次々に避難してきた。学部講師によると、当初は受け入れ態勢が間に合わず、車椅子に12時間以上座りっぱなしの人もいたという。断水していたためトイレを我慢したり、水分を極力取らないようにしたりと「危険な悪循環になっていた」と振り返る。

 こうした事態を改善するため、大ホールのフロアの一角に専用スペースを設置した。尿取りパットを利用したポータブルトイレを取り付け、夜間は介護福祉士や看護師が常駐する態勢を整えた。講師は「大学内の実習室には介助に必要な備品がそろっており、素早く対応できた」と、大学設備の活用の効果を実感する。

 目印のゼッケンを着けた学生たちは、シーツを取り換えたり高齢者にマッサージしたりと和やかな雰囲気をつくっていた。本震直後から避難した学部2年の女子学生(19)は「余震でエレベーターがいつ止まるかわからないという不安を抱え、帰ることができない一人暮らしの車椅子利用者は多い。避難生活が長引く中でどんどん顔なじみになる。ここで生活する人同士の会話も増えてきているみたい」と笑顔を見せる。

 糖尿病を患い歩行が困難な女性(83)は「熱心に足のマッサージをしてもらって、痛みがだいぶ楽になりました」と喜ぶ。女性の孫(30)も「偏った食生活で(祖母の)足の痛みが悪化しないか心配だった。話し相手にもなってもらえてとても助かる」と感謝した。

 

■熊本市国際交流会館

【外国人のために何ができるか】(4月18日)

 熊本市国際交流会館(熊本市中央区花畑町)の事務局長によると、14日地震で15日午前0時~午後10時まで避難所開設。16日地震は本震発生直後から開設し、20日午前9時までの予定。英語、中国語、韓国語を話すスタッフを含め昼間は23人で対応。夜は4人で対応。指定の避難所ではないが、市の国際課に話をして、パンや缶詰を配給してもらっている。多いときは日本人含め中国人、バングラデシュ人など100人が利用。妊婦や新生児を抱えたお母さんもいる。

 熊本を出たいという外国人のためにどんな手段があるか、タイムテーブルの設定が可能かということ、それと家が崩れた人がどこに住むのか、考えていかなきゃいけない。

 バングラデシュ人の主婦(33)は夫が熊本大の学生。「外国人の友達からここが避難所になっていると知って、友達とみんなで来た。14日の地震のとき、何が起きたのかわからずパニックになった。町内放送でアナウンスやテレビのアナウンスがあったけど、全部日本語。どこへ逃げたらいいかわからなかった。一言でいいから英語でも言ってほしい」と話した。

 

■大江公民館

【車中泊よりましだけど食事足りない】(4月18日)

 約200人が避難。物資は昨日まで足りなかったが、今日から少しずつ届くようになった。離乳食もそろっている。それでも食事がまだ足りない状態。

 東区に住むが、14日の地震以降、近くの避難所が満杯で各地の避難所を転々としていたという女性(62)。「1畳もないスペースで雑魚寝。廊下で寝ているが、夜中にトイレに行く人の足音や、夜中でも明るい照明のために眠れない。ホールは寒いし、この避難所は水もでない。トイレが使えないので隣の高校まで借りにいっている。情報収集は息子夫婦がインターネットで調べたり、他人のラジオから漏れ聞こえる話を仕入れている」。今日は物資がきたが、16日からこの避難所にきている息子夫婦は、1日乾パンだけの日とか、おにぎりが1日2回だけの日もあったという。「行政はこういうときなにもしてくれない。食事が足りなくても、こちらから働きかけないと物資は届かなかった。それでも、車中泊をしていたときよりはまし。自宅アパートは崩壊しそうで、帰れないので、長い避難生活になりそう。着の身着のままだし、無料の銭湯があるらしいが、裸で2、3時間待ってシャワーだけという話も聞く。暖かい風呂にはいり、暖かいものが食べたい」と話した。

 タイルの上にビニールシートを敷いて寝ていた女性(81)は「2回目の大きな地震で家の中はめちゃくちゃ」という。「自力では片付けできないが、その自宅で家にあるご飯やおかずを少しずつ食べながら過ごしていた。時折余震もあって、本当に怖かった。17日に民生委員が家にきてくれて避難所に連れてきてくれた。たくさん人がいて、ここなら安心できる。少し寒くて、騒がしいけど、家よりはいい。トイレには一人でいけないのでスタッフの手を借りている。迷惑をかけて本当に申し訳ない。ここが安心できるけど、明日には自宅に帰ろうと思う」

 

■鎮西学園

【プールの水を生活用水として提供】(4月18日)

 鎮西学園(熊本市中央区九品寺3丁目)が、プール水を生活用水として提供し始めた。 容器自賛。飲料不可。午前8時半~午後5時。

 

■熊本市中央区の砂取小学校

【住宅は自分で探せと言われて】(5月1日)

 避難している女性(70)は独身で一人暮らし。親しい身寄りがない。家賃約3万円のアパートに数十年住んでいるが、損壊して住めなくなった。大家は東京で、アパート閉鎖を検討しているらしい。4月28日に、市役所であった住宅に関する市の説明会に行った。市職員は「住宅は自分で探してください。探してきた物件に対して家賃などを補助します」と言われた。怒って途中で出る人が相次いだ。不動産屋に何軒も電話したが、どこも電話に出ない。学校はしばらくいてもいいそうだが、「授業が始まればそういうわけにもいかないだろう」と言う。

 地震直後は500人が避難していたが、今は50人ぐらい。ほとんどが行き場のなくなった高齢者。「一度しか会ったことのない親戚がいとこの紹介で来てくれた。どうしようもなくなったらうちに来てもいい、うちもひび割れているけど住めるから、と言ってくれた」と話した。

 

【食料と情報が不足】(4月17日)

 砂取小学校(熊本市中央区神水1丁目1-1)への避難者数は 約800人。食料と情報が不足している。

 今朝は、おにぎり1個、パン1個、ペットボトル1本が配給された。
16日の朝=おにぎり半分
16日の昼=食パン1枚
16日の夕=なし
17日の朝 =おじや1杯

 新聞、テレビなど情報が欲しいとのこと。新聞は現在避難所に少数しかない様子で、テレビはない。

 

■熊本市中央区細工町の五福小学校

【医薬品やガスボンベが不足】(4月16日)

 担当の市職員によると、避難者は16日午前4時半現在で1566人。同日午後2時15分現在で900人。昼間は家に戻る人が多いが、夕方頃から増えるという。

 一番不足しているのは食べ物。午後にあった炊き出しでは近くの飲食店や住民が食材を持ち寄って焼きそばやスープを作ったが「公平を期すため来た人だけに配っており、避難者全員に行き渡っていないかもしれない」。湿布などの医薬品やトイレットペーパー、炊き出しに使うガスボンベも不足しているという。水もなくなってきており、不安は尽きない。

 1歳と3歳の息子を連れ、給水車に水をもらいにきた女性(36)は学校近くの実家に避難した。「3,4日分の粉ミルクと紙おむつは持っていたが、この生活がいつまで続くか。これから先が不安」とため息をついた。

 学校の保健室では市から派遣された助産師や保健士が12時間交代で待機。打撲や切り傷などの処置や持病の相談などで16日だけで少なくとも30人以上が訪れた。

 学校に避難している看護師(33)は、薬などの専門的な相談に答えている。「市中心部の病院に勤めている看護師は日中みんな仕事。避難所の声に対応できる人がいない」。寝たきりなどで自宅から動けない人の様子を見に保健室を離れなければならないことも多く、人手は足りていないという。

 

■熊本市中央区の江南中学校

【今日くらいには家で寝てみようと】(4月22日)

 朝食をもらうために列に並んでいた女性(63)は、14日の地震直後から自宅に近いここに避難し、車の中で寝泊まりしている。2階建ての自宅は、損壊などの大きな被害は免れたが、「いつ地震が来るか分からないし、家で寝るのは怖い」ためだ。止まっていた水道も、昨日から少し出るようになった。「まだしばらく、家の中にいるのは怖い」と言うが、水が出るようになり、ここ数日は大きな余震もなく落ち着いていることから「今日くらいには枕元に貴重品を置いて、家で寝てみようと思っています」という。しかし、「何かあったらすぐ逃げて来れるように」。できれば中学校の授業が再開するまでは、車は学校に駐車しておきたいという。 

 

【SOSで飲用水が集まり感謝】(4月18日)

 熊本市中央区で最大の2500人(市発表)が避難している江南中学校では、体育館や教室を開放している。避難してきた中学生が駐車場への誘導やトイレ用水をプールから運んだり、トイレ掃除を自主的に始めたりとお手伝い。お年寄りへの声かけやあいさつで、孤独感を和らげている。

 家庭科室を調理場にして、温かい汁物などの炊き出し2500人分を賄う。しかし、中学校からあふれ、近くの江南小学校や公民館に避難した人も受け取りにくるため、全員まで行き届いていない。

 自衛隊の給水車も18日午前中に初めて来た。それまで、小学校の一部で飲用水が出ていたものを調理用として使い、避難者に配る飲用水が足りていなかった。

 そんな中、16日に中学生たちが運動場に白線で「のみ水ください」と書いたところ、報道で取り上げられ、ヤフーニュースやツイッターで拡散。17日の夜には飲料水の支援が届き始めた。避難所をまとめる江南地区の自治協議会長(73)は「10倍ほど増えた。1人1本ずつの飲み水は確保できた。大変ありがたい」と驚き、感謝していた。

 ただ、「長期的な避難で、今の分で足りているかどうか想像できない」ともいう。中学生たちは、18日に「のみ水ありがとう がんばるけん」と書き直した。

 地震で負傷した人の治療補助にあたる看護学校の男子生徒(19)は「消毒用ティッシュや、嘔吐物処理のための漂白剤が足りない」と話す。長期化が予想される集団生活で、怖いのが感染症。「ほかの地域ではノロウイルスがはやっていると聞く」という。

 

=西日本新聞=

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