熊本市北区の避難所状況(熊本地震)

熊本市北区の避難所で、西日本新聞が取材した状況は下記のとおり。

■龍田西小学校

【龍田西小に避難していた人たちの声】(4月21日)

▽避難勧告が出たエリアに住む会社員男性(37)

 家族が入院しているため、16日朝から1人で避難していた。余震は相変わらず続くけれど、龍田西はできたばかりの学校だから、ここに避難すれば大丈夫だと思ってのに…。今後は熊本市内に住む両親や親戚の家を訪ねてみようと思う。40歳前になって知り合いの家をふらふらと放浪するはめになるなんて。なんだかみじめな気持ち。

▽近くに住む主婦(39)

 夫、小5息子、小3娘、1歳半息子の計5人で16日夜から避難している。東区の親戚のもとに行く。移動するようにという昼の放送を聞き驚いた。 心身ともに、くたくた。突然のことで驚いている。いつになったら落ち着けるんでしょうか。先が全く見えません。

▽龍田西小4年の女児(9)

 祖母、父、母、小3妹、4歳弟の6人で避難。新しい学校には4日しか通ってない。楽しみにしていた遠足の前日に地震が起きたし、本当にがっかり。 ピカピカの学校で友達といっぱい遊べるのを楽しみにしてたけど、学校の壁にひびが入っているのを見つけて悲しくなった。避難所には友達がいっぱいいたし、学校は広かったから外で遊んだり、トランプをしたり、寂しくはなかった。これから次の避難所に行くけど、遊べるのかなあ。私はおねえちゃんだから、妹と弟の面倒もしっかりみなきゃ。

▽龍田西小の教諭(53)

 新入生は2日、2年生以上は4日しか、この新しい学校に通えていない。私たちも新しい仕事場を楽しみにしていただけに、こんな地震が起きるなんて…。

 校舎が新しいため、校区外からも避難者が学校に来た。ピークは土日で、1000人くらいいたはず。校庭には車が200台ほど止まっていた。学校は雨水をためて利用している。校区の民家の多くは断水しているけど、ここではトイレが使えた。

 教員たちも被災者だが、多くが毎日避難所に来てボランティア活動をしていた。そのとき、避難されている方から「トイレが使えるのは助かる。ここに避難してきて良かった」と喜んでもらえたのがうれしかった。そんな矢先にこの学校も避難所としては危険と言われ、もう何ていっていいのかわからない。

▽龍田西小から新しい避難所の龍田総合体育館にきた女性(73)

 夫(78)、娘(45)の3人でずっと学校に避難していた。18日に胸が痛くなって医者にみてもらった。血圧が最高200だった。今日午前中に病院に行って、薬をもらってきた。

学校に戻ってきてようやくお昼ご飯をたべようとしたときに、移動のお知らせの放送が流れた。ご飯もゆっくり食べられず、あわてて荷造りをした。もう空しいですよ。そこでも胸が痛くて、また血圧が上がった気がする。余震がこんなに長い期間あるだけでこりごりなのに、避難所を変わらせられるなんて思ってもみなかったし、どっと疲れがでた。


【龍田西小の避難所閉鎖】(4月21日)

 熊本市は21日、熊本市北区龍田陳内2丁目5番の13世帯約30人を対象に避難指示を出した。

 http://crisis.yahoo.co.jp/evacuation/43/

 20日に避難勧告が出ていた。龍田西小の東側で一部崩落の恐れがあるため。

 また、同小の避難所を閉鎖。避難していた約1000人を龍田出張所(熊本市北区龍田弓削1の1の10)内にある龍田体育館と武蔵塚武道館別の避難所へ移送する。体育館が危ないということで、教室に避難していたが、教室も危険という。


■熊本市北区の県立北高校

【公共の支援物資届かず】(4月17日)

 県立北高校には300人程避難。指定された避難所ではないため、公共の避難物資が一切届いていない。 しかし、近隣の指定避難所はもう満杯でみんなこちらへ来るしかない。お年寄りが多く、移動するにも歩いて来いと言われるため、ここに居るしかない状況だ。「それぞれが持ち込んだ飲料と少ない食料でこれから食いつなぐのかと思うと絶望します」。

http://sh.higo.ed.jp/kitash/


熊本県市北区の病院から、西日本新聞の記者を通じて支援の依頼あり。

■熊本市北区の熊本機能病院

【食料支援のお願い】(4月16日)

熊本機能病院(熊本市北区山室6-8-1、米満弘一郎理事長)では地震の影響で施設が一部損壊、施設機能が半減している状況。特に食糧備蓄が底をついている状況で、「食糧支援をお願いしたい。ある程度保存のきくものだと、なおありがたい」。

電話=096(345)8111

https://www.juryo.or.jp/

=西日本新聞=

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]