熊本市東区の避難所状況(熊本地震)

熊本県熊本市東区の避難所で、西日本新聞が取材した状況は下記のとおり。

■湖東中学校

【体育大会は22日に規模縮小して開催】(5月9日)

 約30人が避難中で、8日に体育館から武道場に移動した。9日に学校再開。

 学校側によると、状況は次の通り。

 熊本市内の中学校の体育大会はもともと、大規模校をのぞきほとんどが22日の予定だった。4月末の校長会の話では、規模を縮小して開催するという学校が多かったらしい。うちは例年、4月末から練習している。今年は11日から。授業も遅れており、体育大会の練習だけをするわけにはいかない。組み体操や応援団の演舞は中止する。徒競走や学年種目などだけをする。もっと練習したいが、今できる中で一生懸命やりたい。こんなときだからこそ、生徒の頑張る姿が地域や保護者の活力になれば。

 避難者は、8日に体育館のフロアから2階の武道場に移った。同日に(拠点避難所の)総合体育館に移った人が10人ほど、湖東中に残る意向の人が13世帯31人と聞いている。体育館は雨天時の体育大会の練習で使える状態になった。

 学校再開した9日は給食なし。生徒に「心のアンケート」をとった。10日は避難訓練や新入生向けの部活動紹介など。部活も10日から。「夏の中体連に向けてこっちも頑張らないと」。

 

■健軍東小学校体育館

【残り続ける人も】(5月8日)

 健軍東小では8日、避難者5世帯が総合体育館に移った一方、残り続ける人(午後1時時点で約15人)もいた。10日に学校が再開するが、体育館は避難所として使用を続ける。避難所としていた一部の教室は8日に閉鎖され、残っていた人は体育館に合流した。 

 拠点避難所に移る意向調査に対し、ある女性(71)は「ここに居続けたい」という意向を示した。「なるべく自宅から近いところがいい。ここなら歩いて15分」。自宅の木造アパートは地震でひびが入り、「怖くて住めない」という。ほぼ毎日、徒歩やタクシーで自宅に戻り、片付けをしている。行きつけの内科や眼科も近所にあり、「他の避難所に移ったらタクシー代がばかにならない」。新たな賃貸アパートを探しているが、希望する物件は見つかっていない。避難所は日に日に避難者が少なくなっているといい、「周りの人は住む家が決まったりして出て行く。心細い。いざというときのためにも、たくさんいた方が安心する。学校も始まるのに体育館を占拠しているようで申し訳なく思うが、ここにいる以外にない」と話した。 

 ある男性(57)は総合体育館への移動を希望したがかなわず、健軍東小での避難生活を続ける。「総合体育館なら風呂に入れると聞き、希望した」。総合体育館は冷暖房があるが、小学校にはなく「これから暑いだろう」と懸念している。 

 

【避難所の移動、決めかねる】(5月2日)

 避難している女性(62)は「小学校が始まるなら別の場所に移るのは仕方ないかなとは思うけど、今は家が近く行き来が便利だから遠くなるのは嫌だ」という。 

 「ここで知り合った人たちも2週間一緒に生活してきたから慣れてきた。避難している家庭の子どもが、3歳の孫と丸一日遊んでくれるからとても助かる。そういう子たちと離れるのも悲しい。ここから出される前に、家の片付けを終わらせたいと思ってるが…。孫が夜中に夢を見て、思い出したように、大きいのがくるって夜泣きをする。ここと違って自宅に帰ったら私一人だし、孫も不安になるはず。ここなら知ってる人もいるし、一緒に逃げたらいいから安心できるけど。新しい避難所に移ったとしても知らない人ばかりで(コミュニティーに)入りにくいし、ここを出てからどうするか、まだ決めかねている」と話した。 

 

■月出小学校

【家はいつ見つかるのか】(4月30日)

 校庭で車中泊している40代主婦は、こう話した。家はあり、傾いたりはしていないが、夜は恐いからずっと軽ワゴン車で寝泊まりしている。市役所の人に家の申し込みをしたが、「耐震判定で『全壊』が出て、自分で家を探してきたら、家賃などを補助する」と言われた。しかし、探そうにも倍率がすごく高いのでまだ探していない。いつ見つかるのか。見つかるまでここで過ごすのか…。

 

■秋津小学校

【引っ越すとしても校区内にいたい】(4月26日)

 小6、小1、3歳、7カ月の子どもと夫の家族6人で体育館に避難している女性(31)の自宅は、2階建てアパートの2階。応急危険度判定では「黄色」の紙が貼られ、要注意だった。しかし、市に罹災証明を受け取りに行ったら「見えない部分が壊れているかも知れない」と言われ、傷み具合を調査中。結果が出るまでには1カ月かかるといわれた。5月10日には学校が再開するとされているし、(避難者を追い出さないと市教委は言っているが)いつまでも体育館にはいられない。その先どうするのか、先が見えない。

 「引っ越すにしても、子どもは小学校に通っているから、校区内にいたい。公園も近いし。大家はリフォームを検討していると言ったが、天草から来ていて、建物の被害状況を十分に把握しているとは思えない。次に大きな余震がくると、家が潰れるかもしれない、という不安はある。夫は仕事に出ているし、私 は子どもの世話をしないといけない。自宅も十分に片付けられていないし、ガラスの破片がものすごくて、ほうきではいただけ」と話す。避難所で困っているのは、夜、子どもがミルクを飲むために泣くこと。気になる人は起き出すので、気を使う。

 

■県立第二高

【校庭で150台が車中泊続ける】(4月22日)

 東町の県立第二高では、体育館が使えないため校庭の約150台の車で約500人が避難を続けている。夜が明けた午前6時、朝食の配食が始まると、車中から人々が出てきておにぎりや温かいみそ汁、スープなどを受け取り、そのまま出勤していく姿も見られた。

 近くの東消防署の副署長(52)は、制服姿でレトルトの丼を受け取った。自宅は倒壊の危険があるため、16日夜から家族4人でセダンタイプの車で過ごす。家に帰れないため、制服のままで寝て、朝そのまま出勤しているという。車内では体が伸ばせず、疲労が溜まっているが「被災者がいる以上、自分が根を上げるわけにはいかない」と気を奮い立たせていた。

 熊本市中央区の社会保険労務士事務所に勤務する男性(40)は、妻と義理の母、2匹の犬と16日夜から2台の車に泊まり込んでいる。通勤に1台の車を使い、パーカーにジーパンとラフな格好で出勤。顧客には事情を説明し、理解してもらっているという。「ペットがいるので体育館などへの避難は最初からあきらめていた。ここの避難所は食料など物資には困っていないが、将来が見通せず精神的に厳しい」と話す。

 

■健軍小学校

【不審者など治安面が不安に】(4月20日)

 約200人が避難する健軍小学校。断水は解消し、現在は水が使えるようになったが、断水時にトイレが詰まったときは、小学校のプールの水をトイレまで運び、素早くきれいにした。平日の昼間は教諭たち、夜間にもボランティアが常駐し、協力しながら行っている。ボランティアの男性(66)は「きれいに保っていると、汚くしづらいのかきれいに使ってくれる」と話す。

 一方で、最近は治安面が不安という。運動場には多くの車が駐車し、車中泊している人も多い。19日夜には、車のドアを開けようとする複数人の不審者が目撃された。ボランティアが体育館で休む人たちに外に出ないように呼び掛け、警察を呼ぶ騒ぎに。警察を呼ぶのは3日連続という。消防局を名乗る不審者や、女性を追い掛ける不審者なども出たという。あるボランティアの男性は「私たちが1台1台に声を掛けて、誰なのかを確認する訳にもいかないし、そんな権利もない。どんな人がここにいるのかすら把握できないし」と不安がる。夜間になると、校門に鍵を閉めるなどしてボランティアが警戒を続ける。

 

■東町中学校

【電話帳が欲しい/体育館の時計直して】(4月18日)

 東町中学校(熊本市東区東町4丁目)の体育館は土足で出入りするため、ほこりっぽい。中には鳥も1羽紛れ込んでいる。

 避難者の女性(71)は「家は固定電話で、電話帳を使っていた。電話番号を暗記してないから、家族と全く連絡がとれてない。怖いけど、アパートに戻って、電話帳だけは片付けて探さないと」と不安そう。

 別の女性(71)は「体育館の時計が本震のときのまま止まって時刻がわからない。1日4回、目のアレルギーと緑内障の目薬を点眼しなくてはならないけど、いつすればいいのかわからない。早く時計を直してほしい」と話した。

=西日本新聞=

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