広島原爆の日 「核抑止論」を乗り越えて

 きょう8月6日は「広島原爆の日」である。核爆弾が広島と長崎に投下され、人類が核の業火にさらされてから72年となる。

 被爆者たちは今年のこの日を特別な感慨とともに迎えている。国連で核兵器禁止条約が採択され、初めて核兵器を国際法で禁止する枠組みができたからだ。核廃絶運動にとって歴史的前進である。

 しかし、核廃絶に向かうこの新たな道筋には大きな障害物が立ちはだかる。「核抑止力」の理論に執着し、核兵器を正当化する核保有国やそれに同調する国々だ。

 今夏の被爆地には、核なき世界が近づく喜びと、理想に背を向ける核大国への怒りが入り交じる。

 ●「違法」を新たな常識に

 「この日を70年待っていた」

 7月7日、米ニューヨークの国連本部で核兵器禁止条約が採択されたとき、議場で見守った被爆者たちはこう語り、涙を流した。

 核兵器禁止条約は、核兵器を非合法化する初めての国際条約だ。核兵器の使用はもちろん、開発、実験、製造、保有を禁じている。さらに「使用するとの威嚇」を禁止し、核保有国が安全保障の基盤とする「核による抑止力」論を否定したのも大きな特徴である。

 この条約づくりは核兵器を保有しない国々が主導した。大量の市民を無差別に殺傷し、幾世代にもわたる被害を及ぼす核兵器に「悪の烙印(らくいん)」を押すことで、どの国も事実上使えず、保持できない兵器にしてしまおうという狙いだ。

 核兵器禁止条約の投票では、国連加盟国193カ国の63%にあたる122カ国が賛成した。数で見る限り「核兵器は国際法違反」という考え方が国際社会の新たな常識になったといえる。

 今年、広島市と長崎市がそれぞれ発表する平和宣言にも、条約への高い評価が盛り込まれる。

 ●保有国は必死の抵抗

 一方、核保有国はこの条約を殊更否定しようとしている。

 米、英、フランスは条約採択後、北朝鮮の核開発にも言及し「条約は世界の安全保障情勢を無視している」と批判、条約に署名しない方針を表明した。ロシアや中国も採択交渉をボイコットした。

 核保有国が加盟しなければ核放棄の義務は生じず、条約は「絵に描いた餅」に終わりかねない。

 日本政府も「保有国と非保有国との亀裂を深める」との理由で、署名しない構えを示した。「核の傘」に依存する立場から、米国の方針に追従した格好だ。北大西洋条約機構(NATO)加盟国のほとんども同様の対応である。

 昨年5月、当時のオバマ米大統領が被爆地の広島を訪れ、核軍縮の機運は高まるかと思われた。

 その後は停滞が著しい。トランプ米大統領は核軍縮に興味を示さず、米ロ関係の悪化で両国の核軍縮交渉は再開の見込みがない。北朝鮮は国際社会の非難を無視して核開発に突き進んでいる。

 ●拡散招く矛盾あらわに

 世界ではこれから核軍縮を巡り「核の非合法化」を進める非保有国グループと、「核抑止論」にこだわる保有国や同盟国との間でせめぎ合いが演じられそうだ。

 とはいえ、核抑止論の弱点は北朝鮮の動き一つ見ても明らかである。北朝鮮が核保有を目指す動機は、核大国の米国の圧力に抗して現体制を堅持することだ。つまり北朝鮮の核開発も「核には核で」という核抑止論に基づいている。

 核大国が抑止力の名目で核保有の特権を握り続ける限り、北朝鮮のような国が同じ論理を盾に、核開発に乗り出すリスクは消えない。核抑止論が逆に、核拡散を誘発しているのだ。「北朝鮮の脅威があるから核抑止力を」という米国や日本政府の主張は一見もっともらしいが、実はこうした矛盾と危険性をはらんでいる。

 日本政府は核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任してきたものの、成果は上がっていない。政府がまず理性と勇気を発揮して核抑止論を乗り越え、「核の非合法化」の論理の下で核軍縮政策を立て直すべきだ。国際社会の新たな潮流を見失ってはならない。

 日本に課せられているのは、東アジアの緊張を外交努力で緩和しつつ、被爆国として核兵器の非人道性を訴え、核保有国の世論を変えていく努力だ。被爆者たちは期待と不信のはざまで、日本政府の新たな一歩を待っている。


=2017/08/06付 西日本新聞朝刊=

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