急死した父王の亡霊が息子の王子ハムレットに告げる…

 急死した父王の亡霊が息子の王子ハムレットに告げる。自分は毒殺されたのだ、と。シェークスピアの悲劇「ハムレット」だ。王子は父を暗殺し、王座と母を奪った叔父に復讐(ふくしゅう)を誓う

▼欲しいものを手に入れるため、ライバルに一服盛る邪(よこしま)な手口は古来、枚挙にいとまがない。物語でも史実でも。だが、現代の日本で、それも正々堂々と力を競い合うべきスポーツの世界での出来事とは。小説より奇なり、である

▼東京五輪の代表選手に選ばれたくて、カヌーの選手がライバルの飲み物に禁止薬物を入れていたことが分かった

▼自らの能力を高めることに心血を注ぐ選手たち。筋肉増強剤など禁止薬物に誘惑を感じるのは、あってはならないことだが、気持ちは分からなくもない。今回は、それを使ってライバルを陥れる極めて悪質な行為だ

▼相手がドーピング検査で陽性になったことを知り、名乗り出たという。「話すべきか、黙るべきか…」と悩むだけの良心は残っていたようだ。ぬれぎぬを着せられた選手が、五輪への夢を奪われずに済んだのがせめてもの救いか

▼薬物汚染とは縁遠かった日本のスポーツ界の信用も大きく損なわれた。ハムレットは、父の死後すぐに叔父と再婚した母を「弱き者、汝(なんじ)の名は女なり」となじった。勝利の誘惑に負け、「弱き者、汝の名はアスリート」と言われないよう、東京五輪に向けて、たがを締め直さなければなるまい。


=2018/01/11付 西日本新聞朝刊=

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