源氏の君が恋しい女性の元を訪ねると、女性の姿はなく着物が残っているだけ…

 源氏の君が恋しい女性の元を訪ねると、女性の姿はなく着物が残っているだけ。源氏の君を慕いつつも、周囲の目を気にして、その場から逃げ出したのだった

▼源氏の君は持ち帰った着物をセミの抜け殻に例え「逃げ去った人だが、それでも慕わしさが募る」と詠んだ。それを知った女性は「抜け殻に付いた露が木に隠れて見えないように、私もひそかに袖を濡(ぬ)らしています」。一枚の着物に込めた思いを描いた源氏物語の「空蝉(うつせみ)」の巻

▼大切な着物すら残さず、着物レンタル・販売業者が姿を消した。それも「一生に一度」しかない成人式の当日に。振り袖が着られなくなった新成人たちは、突然閉鎖され、抜け殻のようになった無人の店の前で立ち尽くした

▼2年も前から予約し、数十万円を振り込んだ人も少なくないという。「よくぞここまで育ってくれた」「人生の節目を飾ってあげたい」という親。「育ててくれてありがとう」「晴れの姿を見てほしい」という子。そんな思いを踏みにじられて袖を濡らした人たちの悔しさ、悲しさはどれほどか

▼被害は1億円を超える見込みとか。同社は以前から資金繰りに困っていたとされるが、それならそれで、違うやり方があるはずだ

▼その日、急きょ着物を貸し出す業者や着付けを手伝ってくれる人が次々と名乗り出たそうだ。世の中、ひどい大人ばかりじゃない、と新成人が少しでも思ってくれればよいが。


=2018/01/12付 西日本新聞朝刊=

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