【東欧で考えたこと】 藻谷 浩介さん

藻谷 浩介(もたに・こうすけ)さん=日本総合研究所調査部主席研究員
藻谷 浩介(もたに・こうすけ)さん=日本総合研究所調査部主席研究員
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◆「地続き」ゆえの難しさ 
 昨夏とこの夏、3回に分けて東欧を巡った。島国に住む日本人には無縁な、欧州特有の「地続きゆえの難しさ」と、「地続きなのに多様であるゆえの難しさ」を、こもごも痛感する旅だった。

 イラクやシリア、ロシアから東欧を経て、フランスやドイツ、スペインまで陸路はつながっている。それゆえに欧州では、東からゲルマン民族やスラブ民族、モンゴル帝国やチムール帝国、北からバイキングやロシア、西から古代ローマやオーストリア、ドイツ、南からペルシャやイスラム帝国、トルコが出入りを繰り返し、複雑怪奇な歴史を積み重ねてきた。結果として、米国や中国であれば余裕で国内に収まる広さの中に、おそらく100に近い言語があり、何十もの国があり、幾つにも分派した宗教がある。

 ラオス並みに貧しい白人国モルドバ(旧ソ連モルダビア共和国)から、世界中から色さまざまの観光客が集まるウィーンに飛ぶのは、タイムトラベルのような趣がある。だが両者は地続きで、道路では東京‐熊本程度の距離だ。旧ユーゴスラビアは、人口は九州の2倍に満たなかったが、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字を持っていた。それが7カ国に分かれ、その一つのボスニアはさらに3地域に分裂している。

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 その欧州では今、生産年齢人口(15~64歳人口)が減り始めている。対して中近東や、地中海の対岸のアフリカでは、人口急増が続く。地続き(ないし一衣帯水)であるがゆえに、浸透圧のごとく、主にイスラム教を奉じる難民や移民の流入が絶えない。これも歴史の繰り返しなのだが、それが欧州の多様性をさらに複雑化させている。

 対して日本の周囲はといえば、中国はすでに生産年齢人口減少に転じており、韓国と台湾がすぐ後に続いている。東南アジアも、タイを筆頭に経済発展に伴って順繰りに人口増加ペースを弱めている。極東ロシアは最初からスカスカだ。日欧のこの周辺環境の違いは、たいへんに大きい。

 しかも、日本には自ら仕掛けた第2次大戦の戦後処理以外、周囲から占領されて国境が変更された歴史がない。つまり日本人の感じる「外国の脅威」なるものは、血で血を争ってきた欧州人の実感に比べて、現実の裏打ちにほぼ全く欠けている。いわば「島国根性」由来のアレルギー反応の域を出ない。

 そんな日本にも、周囲を併合し拡大した過去がある。民進党の蓮舫代表の二重国籍問題が騒がれているが、台湾人である彼女の祖母は、戦前は日本国籍だった。尖閣諸島も琉球王国の領土で、明治時代の琉球処分で日本に帰属したものだ。北方領土はもともとアイヌの土地だった。長崎県平戸や五島、那覇にはかつて中国商人も居住しており、種子島に鉄砲を伝来させたポルトガル船に乗っていた倭寇(わこう)の頭目・王直も、台湾を占拠していたオランダ人を追放して中国、台湾の民族的英雄となった鄭成功も住んでいた。

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 こうした経緯を持つ日本には、だから、実は多様な祖先を持つ人たちもいる。「日本人」が一枚岩の集団であるかのごとく語る人たちは、その成り立ちがもっと多様だったことを勉強しているのだろうか。そしてこれからも、日本国籍を選んで世界から移り住んでくる人たちがいるであろうことを、認識できているのだろうか。

 欧州のような厳しい歴史と扱い難いモザイク化に無縁な日本人は、本当に幸せだ。だがその幸せゆえに、多様性に満ちた世界の実相を理解できないようでは、とても寂しい。せめてアジアに面した九州の人たちには、より開かれたマインドを持ってほしい。

 【略歴】1964年、山口県徳山市(現周南市)生まれ。88年東京大法学部卒、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。米コロンビア大経営大学院で経営学修士(MBA)取得。2012年1月から現職。著書に「デフレの正体」「里山資本主義」など。


=2016/10/09付 西日本新聞朝刊=

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