西日本新聞電子版 1周年記念プレゼント

【ポピュリズムのうねり】 姜 尚中さん

姜 尚中(カン・サンジュン)さん=熊本県立劇場館長
姜 尚中(カン・サンジュン)さん=熊本県立劇場館長
写真を見る

◆進む脱真実、脱民主主義

 「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊(はいかい)している。共産主義という妖怪が」。マルクス、エンゲルスの「共産党宣言」(1848年)のあまりにも有名な書き出しである。それから1世紀半以上がたち、今やポピュリズムという名の妖怪が、欧米諸国を徘徊しそうな雲行きである。そのポピュリズムの不気味な拡大は、反EUのうねりとなって、世界に暗い影を投じつつある。

 ポピュリズムの典型として挙げられるのが、アルゼンチンの「ペロニスタ」だ。軍人上がりの独裁的大統領フアン・ペロンは、外国資本の排除や民族資本の育成など、いわば「アルゼンチンファースト」の政策を推し進め、国民の喝采を浴びることになる。

 「アメリカファースト」を獅子吼(ししく)する米国のトランプ次期大統領の言動を見ていると、ペロンのポピュリスト的な手法が頭をよぎる。しかし、ペロニスタ的なポピュリズムは、せいぜいアルゼンチンのような中進国でこそ勢力を勝ち得た現象だ。それが世界の超大国、しかも戦後の自由貿易体制の守護者とも言える米国で中枢に躍り出たのである。まさか、という思いが世界を駆け巡ったに違いない。

   ---◆---

 次期大統領のツイッターでのつぶやき一つで、世界の名だたる企業が米国への投資や生産拠点の配置を申し出る異常さ。まるで大統領への、米国への忠誠競争の様相すら呈しつつある。しかし、つぶやきの内容の真偽はほとんど問われない。デマの類の内容が発信されても、それが米国民の雇用の拡大や貿易赤字削減につながれば、すべてOKとみなされかねないのだ。この異常さを可能にしているものは何か。そこにこそ、ポピュリズムが跋扈(ばっこ)する最大のポイントがあるように思える。

 オックスフォード英語辞典は、2016年の「今年の単語」として「post-truth(ポスト・トゥルース)」を選んだが、まさしく「脱真実」こそポピュリズムを読み解くキーワードである。

 不都合な真実や痛い現実から目を背け、ひたすら自分たちの感情や主観的な思い込みにフィットする情報や知識だけを受け入れ、自尊心をくすぐる言動に熱狂する。そうした熱狂を煽(あお)るリーダーに従い、不都合な事実や客観的な情報をもたらすメディアや知識人には敵意をむき出しにする。こうしたデマゴーグ的なリーダーへの被虐的な従属と、不都合な現実とみなされる人々への加虐的な敵意とがコインの両面となって、現代のポピュリズムを支えているのである。

   ---◆---

 このような現代のポピュリズムが、様々(さまざま)なグラデーションを描きながら、米国のみならず、欧州にも拡散しつつあるのだ。由々しいのは、「脱真実」は同時に「ポスト・デモクラシー(脱民主主義)」と平仄(ひょうそく)を合わせて進行しつつあることだ。民主主義がおざなりになり、選挙も見せ物的なゲームとなって、議会での討論も形骸化し、執行権力の専制的な支配が強化されていく事態。それが脱民主主義にほかならない。

 日本も含めて、先進民主主義諸国で進みつつある「脱真実」と「脱民主主義」へのブレを少しでも矯正し、リベラルな平衡感覚を取り戻すためにはどうしたらいいのか。その成否は、何よりもメディア、とりわけ新聞のようなジャーナリズムの役割に負うところが大きいのは間違いない。

 ポピュリズムの熱狂が冷め、それが幻滅に変わり、さらに過激な熱狂を求める動きがうねりとなれば、その時、何が出現することになるか、歴史が示している通りだ。そうならないためにも、メディアの「トゥルース(真実)」と「デモクラシー(民主主義)」に徹した役割が望まれる。

 【略歴】1950年、熊本市生まれ。早稲田大大学院博士課程修了後、ドイツ留学。国際基督教大准教授、東大大学院情報学環教授、聖学院大学長などを歴任。専攻は政治学、政治思想史。著書に「漱石のことば」など。


=2017/01/15付 西日本新聞朝刊=

→電子版1周年記念!1万円分賞品券やQUOカードが当たる!!

西日本新聞のイチオシ [PR]

西日本新聞のイチオシ [PR]