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【続・街づくり試論】 宮本 雄二さん

宮本 雄二(みやもと・ゆうじ)さん=宮本アジア研究所代表、元中国大使
宮本 雄二(みやもと・ゆうじ)さん=宮本アジア研究所代表、元中国大使
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◆西を眺めて自分を知る

 2012年7月のこの欄で、私の出身地である福岡県太宰府市を例にとって「“自分流”街づくり試論」を書いた。私は、皆が力を合わせて街づくりに励めば、日本は再び元気づくと確信している。そのための一つの発想として、時間軸、つまり自分たちの歴史を振り返ることにより新たな道を見いだすことができると主張した。視点を変えれば、新しい知恵も出てくることを示したかったからだ。

 今度は、地理という横糸の上に自分たちをおいて眺めてみよう。九州から東京のある「東」ではなく、逆方向の「西」に目を向けてみてはどうか。すぐに目に飛び込んでくるのはアジア、とりわけ東アジアだ。ソウルや上海への飛行時間は、東京よりも短い。この地理的な条件から、九州はアジアと深い歴史的な関係を持っている。西日本新聞の記事を読んでいるだけでも、そのことはよく分かる。

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 福岡県大野城市の「牛頸(うしくび)須恵器窯跡」の調査で分かったのは、その技術は朝鮮半島からの渡来人がもたらしたという事実である。こうした例はほかにも多くあるはずだ。大宰府政庁(太宰府市)そのものが、東アジアの歴史と関係なしに成立することはなかった。「大宰府都城の外郭線」の広がりは、現在の行政区域を越えた広い歴史的視点からの発想を求めている。

 西日本新聞に連載中の「ふくおか古刹(こさつ)・名刹(めいさつ)巡り」を読んでも、アジアとの関わりなしに物語が始まることはない。中国留学帰りの名僧など当たり前で、中国の高僧も少なくない。福岡市城南区の油山観音は、572年にインドからの渡来僧清賀(せいが)上人が開創した。大分県中津市の羅漢寺も、645年にインドから渡来した法道(ほうどう)仙人がこの地に霊気を感じて洞中に滞在し、去るに当たって金銅仏一体を残したことが始まりといわれる。

 何と九州はインドまでつながっていたのだ。この長い歴史を意識して、現代アジアとの交流を考えるべきだ。九州国立博物館創設の原点には、それがあると思う。われわれはアジアひいては世界との交流が、われわれを成長させ発展させた事実をもう一度しっかりかみしめる必要がある。

 観光を考えても、九州とアジアの交流を横糸にして九州各地をつなぎ合わせた商品開発ができないだろうか。広域観光であり、当然、滞在時間も長くなる。そのためにも福岡市の「鴻臚館(こうろかん)」は、ぜひ再現したい。平安時代に日本に築かれた外交のための迎賓館は三つしかなく、しかも所在が確認されているのは、ここしかないのだ。

 観光開発は単品で勝負するのではなく、アジアと関係する場所や文化をより大きなコンセプトでまとめ上げるべきだ。そうすることにより魅力ある商品ができあがる。内外の観光客は、より広い地理的、時間的空間の中で九州を堪能してくれるであろう。

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 より多くの外国人に来てもらい、住んでもらうことも地域の活性化につながる。外国からの投資は大事だ。だから世界中が必死になって投資を呼び込もうとしている。日本は主権国家なのだから、どういう投資をどのように受け入れるかは、国の法律や県市町村の条例で決めれば良い。日本に居住できる条件をさらに緩和し、空の便がさらに良くなり、インターナショナル・スクールができ、英語の通じる病院さえ整えば、外国人が来て住むようになる。

 中国の経済はいろいろ言われているが、それでも成長を続けていく。だが生活環境は悪化し続けており、中国で仕事をする外国人だけではなく中国人でさえも、家族は日本に置きたがっている。そろそろ外の力を使って町おこしを考える時期にきた。

 【略歴】1946年、福岡県太宰府市生まれ。県立修猷館高校-京都大法学部卒業。69年に外務省入省。中国課長、アトランタ総領事、ミャンマー大使、沖縄担当大使などを歴任。2006年から10年まで中国大使。著書に「習近平の中国」など。


=2017/03/12付 西日本新聞朝刊=

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