運転手が見た光州事件 文化部次長 神屋 由紀子

 知らない土地に行ったらタクシーに乗って町の雰囲気をつかめ。記者になりたてのころ先輩からそう教えられた。タクシー運転手は町の事情通で貴重な情報源だからだ。

 そんなタクシー運転手と外国人記者を主人公にした韓国映画を昨夏、ソウルで見た。タイトルは「タクシー運転手」。1980年の光州事件を扱った作品である。

 79年、軍事政権の朴正熙(パクチョンヒ)大統領が暗殺された後、民主化への期待が高まり「ソウルの春」が訪れた。危機感を抱いた軍は戒厳令を強化し、光州の民主化運動を武力鎮圧。多数の犠牲者を出した。当時、駐在先の東京から現地に向かい、現場映像を世界に発信したドイツ人記者がいた。映画はその実話に基づく。

 ソウルのタクシー運転手は厳しい言論統制で事件を知らない。記者が出す報酬で滞納した家賃を払えると喜び、検問を突破して光州にたどり着く。「親のすねをかじりながらデモをする学生のせいで道が混む」とぼやいた運転手もやがて事の深刻さが分かり、通訳の学生を亡くしてへたり込む外国人記者を叱咤(しった)する。

 「世界の人々に伝えるのがあんたの使命じゃないか」

 光州事件を扱った映画や小説は、当事者の心の傷にフォーカスし、見た後も重苦しさが残る作品が多かった。この映画は弾圧する側でもされる側でもない第三者の視点から描き、運転手役の名優ソン・ガンホが平凡な庶民を明るくコミカルに演じ、重苦しさを感じさせない。運転手が正義感に目覚める姿は感動的で、本国では年間観客動員数1位になる大ヒットを記録した。

 この1年間で大統領経験者が2人も逮捕された韓国に対し「行き過ぎた民主主義ではないか。理解できない」という声を何度も聞いた。政治的な理念対立など複雑な背景があり簡単には説明できない。ただ、光州事件を記憶にとどめ、87年に民主化を勝ち取った成功体験から「自分たちの手で政治は変えられる」と考える有権者が多いことが決定的に日本と異なる。

 翻って日本。森友学園問題などに絡み政権の不祥事が次々と明らかになっている。だが、閣僚が辞任することもなく、有権者の憤りのデモも大きなうねりには至らない。「日本の民主主義は機能していますか」。ある韓国人にそう聞かれた。なぜそう考えるのか。「タクシー運転手」を見れば少しは分かると思う。映画はきょう日本で公開される。

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 ▼こうや・ゆきこ 福岡県出身。1989年入社。大分総局、文化部、運動部、東京報道部、釜山駐在、営業戦略室、ソウル支局などを経て現職。

=2018/04/21付 西日本新聞朝刊=

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