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米大統領選・分断の現場から~不法移民(上) 国境越え命懸け

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米国とメキシコにまたがる町ノガレスを分断する国境の壁=7日、メキシコのノガレス
米国とメキシコにまたがる町ノガレスを分断する国境の壁=7日、メキシコのノガレス
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母国ホンジュラスから米国を目指して来たネリ・ペレスさん=7日、メキシコのノガレス
母国ホンジュラスから米国を目指して来たネリ・ペレスさん=7日、メキシコのノガレス
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 【ワシントン山崎健】銃撃を受けた右脚のすねの傷痕が痛々しい。「二度と母国には帰りたくない」。中米ホンジュラス出身のネリ・ペレスさん(18)は言った。
 
 9月上旬、国境を挟んで米アリゾナ州とメキシコにまたがる町ノガレス。そのメキシコ側でキリスト教系の人道支援団体「キノ・ボーダー・イニシアチブ」(KBI)が運営するシェルターに、ペレスさんはいた。土砂降りの雨がスレートの屋根を激しくたたいていた。

 約9年前に米国に不法入国し、現在もフロリダ州マイアミに住む母親の元を目指して旅立ったのは7月初め。父親ときょうだい3人は家に残った。空腹に耐え、徒歩と、時に貨物列車に紛れ込み、3250キロ以上の道のりを2カ月かけて、シェルターにたどり着いた。

 国民の約半数が貧困層に属し、政情不安定なホンジュラス。犯罪が横行し、警察は汚職にまみれ治安状態は世界最悪レベルだ。AFP通信によると昨年の10万人当たりの殺人事件発生数は57件。米国の約4件に比べても極めて危険だ。

 犯罪組織は勢力拡大を競い若者たちを勧誘。中学卒業後、建設現場などでわずかばかりのお金を稼いでいたペレスさんも、半年前ある組織から声をかけられた。恐ろしくて断ると、いきなり右脚を撃たれた。「このままではいつか殺される。母さんと一緒に暮らしたい」。そう決心した。

 シェルターでは、朝食を求めて約60人が集まっていた。その大半が米国を目指す中南米系(ヒスパニック)の人々だ。

 「メキシコとの国境に壁をつくる」。米大統領選で共和党候補トランプ氏が掲げるヒスパニックの不法移民対策の目玉だ。しかし、実際は約3200キロに及ぶ国境のうち約1050キロに既に壁はある。ノガレスにも、高さ約6メートルの鉄製の壁が、国境に沿って約24キロにわたり走っていた。

 安住の地へ「何度でも」

 米国を目指し、中米ホンジュラスからノガレスに来たネリ・ペレスさん(18)は、母国の犯罪組織の暴力から逃れるという理由で米政府に「亡命を申請するつもりだ」と言った。

 しかし、現実は厳しい。米政府は政治信条などを理由に母国で迫害された人々の亡命を認めているが、ペレスさんは、それに当てはまらない可能性が高い。

 「キノ・ボーダー・イニシアチブ」(KBI)の米国人女性、ジョアンナ・ウィリアムズさん(25)によると、貧困、政情不安定、最悪の治安など同じ問題を抱えるホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラなど中米出身者で昨年、米政府に亡命申請したのは約10万人。成功率約7%の狭き門だ。「亡命が駄目なら不法入国するしかない」。ペレスさんは腹を固めていた。

 熱射病

 KBIは米国入国を図る人や米国から強制送還された人たちへの人道支援などを行っている。メキシコ側のノガレスのシェルターを利用した人は昨年約7千人。9割以上がメキシコ人で残りの大半は中米出身だ。今年も同じペースという。

 米国への合法的な入国方法としては、亡命のほか、人身売買の被害者や高い技能を持った技術者などに認められるビザ取得がある。しかし、貧困や治安悪化から逃れるために移住を希望してもビザ取得は事実上不可能で、不法入国するしかないという。

 主要ルートは監視が手薄なアリゾナ州の砂漠越え。夏場は日中の気温が50度近くまで上がる中、夜間を中心に同州トゥーソンまで約100キロを平均5日間で歩く。最近は年間約170人が熱射病や脱水症状で死ぬ命懸けの旅だ。成功した場合は手引き業者に約6千ドル払うのが相場。挑戦するたびにメキシコ側国境を縄張りとする犯罪組織にも約600ドル払わないといけない。

 賃金差

 メキシコ南部プエブラ州の女性、ロレナ・タブラスさん(35)は昨年12月以降、7回砂漠越えを試みたが全て国境警備隊に捕まり強制送還された。それでも「もう一度やる」と言った。

 1999年に不法入国し米国で家庭も持ったタブラスさんは、夫との関係悪化で約10年前に帰国。5人の子どものうち2人は米国在住の親類に預けたままという。最低賃金が時給7ドル以上の米国と日給平均4・5ドルのメキシコとの差は歴然だ。女手一つでは子どもたちに十分な教育を受けさせることはできないと、仕事を求めて米国を目指していた。「砂漠越えはとても危険だ。でも米国で働き、いつか子どもたち全員と一緒に暮らすためだから」。母の決意は固かった。

 悲劇的

 不法入国者が米国で凶悪な罪を犯すケースはある。しかし、シェルターで会った人たちは生きるために法を犯してでも米国に入国しようとする社会的弱者だった。トランプ氏が強調する「不法移民=危険な犯罪者」という図式とはかけ離れていた。

 今、米国では伝統的な寛容性が薄れトランプ氏を支持する白人層などのヒスパニックへの敵意が深まっているといわれる。「多くの米国人にとっては、ヒスパニックの人たちが、なぜそこまでして国境を越えようとするのか事情を知る機会がなく、交流もないため、ただ漠然と憎しみを募らせているのではないか」。ウィリアムズさんは「悲劇的だ」と表情を曇らせた。

 「無免許運転で9カ月間放り込まれたが、ひどい所だったよ」。かつてアリゾナ州フェニックスに不法滞在していたというメキシコ人男性のラモン・フィアロさん(36)がシェルターで話しかけてきた。「ひどい所」とはフェニックスの「テント・シティー」。ヒスパニックの人たちが自分たちへの迫害の象徴と見なす野外刑務所だ。私は前日、そこを訪れていた。

   ◇   ◇

 米大統領選が映し出す幾重にも分断された米社会の姿を、現場から報告する。

 ◆米・メキシコ国境の壁

 2001年9月の米中枢同時テロ後、不法移民の流入を阻む目的でブッシュ政権が本格的に建設を開始。オバマ政権も引き継いだ。アリゾナ州内では整備が進んでおらず不法入国者が多いという。昨年、全米で摘発された不法入国者は約33万7千人。米国側のノガレスを含むアリゾナ州トゥーソン地域では2割近い約6万3千人だが、捕まらずに入国を果たした人たちはそれ以上に上るとみられる。

=2016/09/23付 西日本新聞朝刊=

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