米大統領選・分断の現場から~不法移民(下) 家族裂く「全員送還」

エルバ・バーナルさん(左)と次女のジェイドさん=米アリゾナ州フェニックス
エルバ・バーナルさん(左)と次女のジェイドさん=米アリゾナ州フェニックス
写真を見る
米アリゾナ州フェニックス近郊にあるテントシティー。日中は希望者だけが近くの食品工場で働く
米アリゾナ州フェニックス近郊にあるテントシティー。日中は希望者だけが近くの食品工場で働く
写真を見る
ジョー・アルパイオ保安官
ジョー・アルパイオ保安官
写真を見る
写真を見る

 【ワシントン山崎健】焼け付くような日差しの中、戦場の野営地を思わせる光景が広がっていた。
 
 6日、米アリゾナ州フェニックス郊外の砂漠地帯。朝鮮戦争で使われたテントを再利用した野外刑務所、「テントシティー」がある。交通違反など重罪ではない刑が確定した約800人の男女を収容。刑期は最短で1日、最長1年という。

 約50張りある各テントにはコンクリートの床に簡易2段ベッドが10台、扇風機1台が設置されている。

 食事やトイレなどは併設の建物内で済ますが、「雨が降っても、暑くても、寒くても受刑者はテントで寝起きする」と案内役の刑務官は言った。気温37度。色あせた黒と白の囚人服を着た男性たちが気だるそうにベッドに横たわっていた。

 「囚人虐待」

 運営するのはフェニックスを管轄するマリコパ郡保安官事務所だ。郡民の選挙で選ばれる組織のトップ、ジョー・アルパイオ保安官(84)は自称「全米で最もタフな保安官」。1993年の就任後、同氏の発案で米軍からテントを無償で譲り受け同年8月に創設した。目的は刑務所の建設費用の節約というが、「囚人虐待」との批判が絶えない。

 州最大都市フェニックスには職を求め多くの中南米系(ヒスパニック)の不法移民が集まる。「彼らはこの国に不法に来てはならない。米国人がすべき仕事を奪っているのだ」。共和党大統領候補トランプ氏を支持する不法移民取り締まりの最強硬派、アルパイオ氏は執務室でそう語った。

 米連邦地裁は3年前、同氏が指揮する交通違反取り締まりはヒスパニックを標的にした憲法違反の人権侵害と認定し中止を命じた。しかし改善されていないとして、司法省が法廷侮辱罪に当たるか捜査中という。

 「罪を犯して収容された者の中に、たまたま不法移民が多いだけだ」とアルパイオ氏は否定するが、ヒスパニック側は同氏が彼らを意図的に過酷な野外刑務所に送り込んでいるとみる。

 批判の一方で、ヒスパニックに反感を抱く白人からの人気は根強い。保安官の任期は4年。11月の大統領選と同時にある保安官選挙で7選を目指す。同選挙の共和党候補を決める8月の予備選では、3人を相手に得票率66%の圧勝。選挙資金は全米から寄せられ、保安官選挙では異例の1100万ドル(約11億円)以上に。「私が多くの人に支持されている証しだ」。アルパイオ氏は誇らしげに言った。

 改革の頓挫

 7月末の朝、フェニックスに住むメキシコ人女性、エルバ・バーナルさん(52)の次女ジェイドさん(25)は、身ごもった体をおして、テントシティーの入り口で母が釈放されるのをじっと待っていた。前日、エルバさんは交通違反で摘発された。通常なら罰金を支払い1日で釈放される。しかし、その時すでに移民税関取締局(ICE)の拘置施設に移送されていた。

 エルバさんは32年前、車のトランクに隠れ米国に不法入国した。「貧困から逃れ、将来持つであろう私の子どもたちが、より良い教育を受け、それぞれの夢にたどり着けるように」

 運転免許証は法的地位に関係なく取得できた時代。エルバさんは米国で5人の子どもを産んだ。結婚はせず、食用肉などを処理する施設を含め、賃金が安くともどんな仕事もして生活を支えた。

 しかし、子どもたちは米国籍を持つが自身は不法移民のまま。ジェイドさんやその子どもら計6人で生活していたが、初めて身柄を拘束され強制送還の危機に直面した。

 「母は私の全て。このまま引き離されたらどうしようと思ったら胸が苦しくて」。今月5日、生後2週間のジェイリンちゃんを抱きながらジェイドさんは振り返った。ICEに移送された翌日、保釈金を払いエルバさんは自宅へ戻れたが、最終決定はまだ出ていない。

 全米で1100万人と推定される不法移民。オバマ大統領は2014年、入国後に生まれた子どもが米国籍を持つなど、一定条件を満たす不法移民に米国内での滞在資格を与える改革を大統領権限で進めると発表。エルバさんを含む最大500万人が対象になるとみられていたが、頓挫した。

 安い賃金で雇える不法移民を米社会が黙認してきたことは否定できない。だが不法移民の全員送還を掲げるトランプ氏の台頭で国内の空気は変化しているようだ。子どもに夢をと若き日に国境を越えたエルバさん。娘のジェイドさんの夢は「ずっと家族が一緒でいられること」。その素朴な願いが今、脅かされている。

 ◆米国の移民制度改革

 米政府は1980年代の共和党レーガン政権のころから、国境管理を強化する一方、条件付きで不法移民の滞在を認める制度改革に超党派で取り組んできた。しかし、民主党オバマ政権の改革は、6月に連邦最高裁が下級審の差し止め決定を維持したため宙に浮いた。政権は再審理を要請したが、最高裁が再審理を決定しても判断が下されるのはオバマ大統領が来年1月に退任した後になる見通し。民主党大統領候補クリントン氏は当選すればオバマ氏の改革を維持、拡大する構えだ。

=2016/09/24付 西日本新聞朝刊=

Recommend

Recommend