祭りを見物する子どもたちの表情は屈託がなく明るい=シェムガン

 あなたはいま、幸せですか。
 2005年5月末に行われたブータンの国勢調査。末尾に添えられた珍しい質問に「はい、幸せです」と答えた国民が97%に上った。翌日の現地紙クエンセルは「われわれは幸せな人々の国であるようだ」と論評した。

 ジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王が「国民総幸福(GNH=グロス・ナショナル・ハッピネス)は国民総生産(GNP)よりも重要だ」と、GNHを提唱したのは当時21歳の1976年のこと。物質的な豊かさを否定するわけではないが、経済成長の指標より、心の豊かさを優先するこの哲学は国際的な注目を浴びた。
 憲法起草委員でパロ地裁のルンテン・ドゥプギュル首席判事によると、来年制定される憲法でも、第九条に「国はGNHを高めるために努力する」と書き込まれるという。国王発言から31年、国の不動の理念として明文化されるわけだ。

 昨年、福岡県赤村を訪ねたブータンの著名な民族音楽家ジグメ・ドゥクパさんは、来年実施される初の総選挙へ向けて政党結成の準備に忙しい。
 「幸福党にしようかな」。当選すれば首相候補でもあるジグメさんには、GNHこそ、ヒマラヤの小国にとって最大の防衛力に思える。「武力で国を守るのは間違っている。大事なのは人々の満足度の高さ、格差を感じない心の幸せだ。本当の強さとは一時的な物質的、軍事的強さでなく、精神的強さだ」
 ジグメさんは、10万の詩歌を作ったとされる12世紀チベットの楽聖ミラレパの曲を奏でた。心に染みる瞑想(めいそう)の音色。若者は西欧音楽に流れがちだが、ジグメさんは伝統音楽の素晴らしさを伝えるのが自分の使命だと信じている。

 それにしても、個人的で主観的な「幸福」や「GNH」が、国の政策目標に値するのだろうか。
 05年のGNH調査に関するクエンセル紙の論説は、「なぜ幸せと思うか」という質問に、国民が「よく分からない」と答えていることにも言及。政府に対して一層の論議と分析を求めた。
 ルンテン判事は、GNHを促進するための基本政策として(1)文化遺産の保護と振興(2)環境の保全と持続可能な利用(3)経済成長と開発(4)良い統治-の4本柱を挙げ、「経済発展と伝統文化のバランスが重要」と強調。さらにブータン研究所が、来年を目標に幸福が量的に量れるかどうか、指標の研究に挑戦していることを紹介した。

 とはいえ、GNHの量的指標の達成が必ずしも幸せの実現でないことは言うまでもない。クエンセル紙は「みんなが山の頂上に住みたがるということは分かっている。だが実は、すべての幸福や成長は山を登っている途中に見いだされるものだ」と結んでいる。

 ●心の豊かさ、国民総幸福(GNH)を追求するブータン。面積は九州程度、人口約67万人。初の憲法制定、国政選挙を来年に控え、民主化に挑むヒマラヤの仏教王国だ。明治学院大学教授(文化人類学)の辻信一さんが企画したエコツアーに同行。世界が市場主義、効率主義に走る中、「幸せとは何か」をあらためて考えさせられた。 (田中一彦)