西日本新聞

特集・輝きに挑む 北京パラリンピック

競泳 梶原 紀子 感謝を胸に「もう一度」―連載

北京に向け調整する梶原紀子選手。最後の「大舞台」にピークを合わせるように徐々にペースアップしていく=福岡市城南区の福岡スイミングクラブ
北京に向け調整する梶原紀子選手。最後の「大舞台」にピークを合わせるように徐々にペースアップしていく=福岡市城南区の福岡スイミングクラブ
 「もう出ない。燃え尽きた」。競泳での金1、銅1のメダルを胸に2004年のアテネパラリンピックを終えた梶原紀子(40)=福岡市中央区=は、年齢からくる体力、気力維持の難しさを理由に引退を決めた。

 脳性まひで生まれつき両足が不自由な梶原は、1996年のアトランタパラリンピックに初出場。五十メートル平泳ぎで世界新を出して金メダルを獲得し、一躍注目された。その後シドニー、アテネと連続出場を果たした。

 一昨年、梶原は頸椎(けいつい)損傷で手足の自由を失った元自衛官の男性と出会った。男性は本で知った梶原に刺激されて、懸命にリハビリに取り組んでいた。「梶原さん、次も頑張ってください。おれも頑張ります」。引退の決意はぐらついた。さらに福岡市への五輪誘致活動で出会った多くの人からも「北京でも頑張って」と声を掛けられた。

 「もう出ない」の決心は「もう一度出たい」に変わった。背中を押してくれた人たちへの感謝を胸に「今度こそ最後」と決めた北京へ向けて、泳ぎ慣れたプールでひたむきにトレーニングに打ち込む梶原がいた。  (敬称略)

 ▼競泳 水泳は障害の程度にかかわらず取り組めるスポーツでリハビリ効果もあり競技人口は多い。競泳では選手が平等な条件で競い合えるように障害の程度によりクラス分けされる。最も多いのは男子百メートル自由形の13クラスで、各クラスごとに表彰される。=おわり

(この連載は、写真部・伊東昌一郎が担当しました)

=2008/07/17付 西日本新聞朝刊=
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