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イカダ釣りで故人しのぶ 美学を持った竿師 長崎県・九十九島

2011年1月 4日 カテゴリー:釣りニュース

 九州を代表する釣り師、竿(さお)師で昨秋、78歳で死去した福岡市の大野英幸さんを追悼する釣り会が、長崎県・九十九島であった。10人の釣り仲間が、大野さん作のテンヤ竿を使ったイカダ釣りで故人をしのんだ。 (香月駿一郎)

 大野さんは「愛竿(あいかん)」という屋号で30年以上、竿を作ってきた。素材はグラス。カーボン全盛時代だけに「いい素材がなくなった」とこぼしていた。
 
 イシダイ竿からキス竿、タナゴ竿、ワカサギ竿まで、千本以上の竿を釣りファンのリクエストに応じて製作した。その中でも大野竿といえば、テンヤ竿である。色は朱(あか)竿。当たりが目立つことと「高貴な色だから」と言っていた。
 
 タイ狙いのテンヤ竿は2メートル前後の細い継ぎ竿。それも日本伝統の印籠継ぎで、さらに竿の中にしまうようになっていて「5本継ぎ3本仕舞」などと竿には明記されている。短いものは40センチにしまうこともでき、その技術はまさに職人技だった。
 
 大野さんは四季を問わず九十九島に20年以上も通っていた。「潮を読め」というのが大野さんの哲学で「最近は潮を読める人が少なくなった」と嘆いていた。
 
 3号おもりの豆テンヤ仕掛け。アブの5千番のリールが大野スタイルだった。エサはアオムシの房掛け。今にも折れそうな細竿だが「70センチのタイでもあげることができる」という強さも持っていた。
 
 この日は船4隻に分かれて出漁。イカダに船を付けて全員で30―45センチのタイが20匹の釣果だった。
 
 大野さんは竿だけでなく、浮きから餌箱、ナイフまで自作だった。それは「美しく釣る」というのが美学だった大野さんの表現だったのだろう。残された竿、道具などの作品は息子の光弘さん(福岡県粕屋町)が自宅の一室に「大野記念館」として展示している。
 
 
=2011/01/04付 西日本新聞夕刊=


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